2023年12月28日(木)

朝寒い。昼間すこし暖かくなるが、空気が冷えて寒い。

  スマートフォンに孫の(を)(こ)の立ちあがる映像動き愉しからむや

  太陽の日足の届く室内にいのちのひかりを足に踏みつく

  昼どきの暖かければこころ弾む四肢伸ばしをり万天衝くまで

『論語』八佾(はちいつ)一 今日から第二巻である。季氏(魯の家老で、実力者)に八佾を庭で舞わせている。八佾は天子の舞。季氏はそれを犯した。この非礼をとがめずに辛抱できるなら、どんなことでも辛抱できるだろう。当然ながらこの非礼、孔子には我慢ならないのだ。

  八佾を庭に舞わすは許し難し天子ではなき季氏のごときに

『徒然草』は昨日で終わった。今日からは『正徹物語』を読む。

『正徹物語』1 「この道にて定家をなみせん輩は、冥加はない。叶わぬまでも定家の風骨をうらやみ学ぶべし。八月二十日は定家の命日である。他にも色々言っているが、藤原定家への、それこそ信仰告白の章であろうか。

  和歌をつくり定家に学ばぬ(ともがら)に冥加あらずと(なみ)したりけり

2023年12月27日(水)

朝は特に寒かった。昼も温度は上がるが空気は冷たい。

  夜明けには町が真つ赤に燃えあがる紅蓮のさなか常夜灯消ゆ

  朝明けの暗き渾沌をたのしむべし天宇受売(あめのうづめの)(かみ)踊るごと

  渾沌は収まることなし踊る神、力の神の連携とずれ

『論語』為政二十四 其の鬼(わが家の精霊)に非ずしてこれを祭るは、へつらいである。義を見て為ざるは勇なきなり。

  義を見て為ざるは勇なきなり孔子の名言にためらひのなし

『徒然草』243段 『徒然草』最終段である。よく読んできたものだ。感無量である。最後は、それらしく父との問答で「問ひつめられて、え応へずなり侍りつ」と諸人に面白がったというのだから父の優しさ、愛情を回顧しているのであろう。

  第一の仏は如何にの問ひの答へ「空より降りけん、土よりや湧く」

2023年12月26日(火)

今日もいい天気だ。秋の一日を思い出す。リハビリ師とケアマネ―ジャアさんと私の三人で歩き、公園のベンチに憩んだ。

  秋の日のけやき黄葉(もみぢ)の耀けばあゝこの日こそ心充ちたれ

  日だまりの長椅子(べんち)に座る三人のしばしの沈黙こころ遊ばす

  大木のけやきもみぢの散るところ秋の日だまり長椅子に座る

『論語』為政二十三 子帳が問うた。十代さきの王朝のことが分かるでしょうか。孔子の答え、(いん)(か)の諸制度を受け継ぎ、廃止したり加えたりした。(しゅう)でも殷を受け継ぎ、廃止したり、加えたりした。だから周を受け継ぐものがあれば、たとい百代さきでも分かる。

  殷は夏の、周も殷を受け継ぐもの周の後百世と(いへ)ど判じ得るなり

『徒然草』242段 人は楽を求めようとする。第一に名誉。名誉にも二つある。行状そして学芸である。第二は色欲、第三には食欲だ。これらを求めることは多くの苦悩を伴う。だから求めないにこしたことはない。 楽を求めれば苦悩を伴ふさればこそ楽を求めず生きていくべし

2023年12月25日(月)

やはり朝は寒い。日中は暖かくなる。

  夜に覚めてペットボトルのお茶を飲むまつくらなる空を遠望しつつ

  まつくらやみに妖怪変化音たててがたごとがたごとマンション揺るる

  夜に通ふ便所(トイレ)にわれの背後には妖怪異類が抱きついてゐる

『論語』為政二十一 孔子が言う。「人にして信なくんば」、うまくやっていけるはずがない。車に(ながえ)のはしの横木がなく、馬車に轅のはしのくびき止めがないのでは、一体どうやって動かせようか。

  人にして信問ふに牛車、馬車のたとへ孔子の言ひたる分かり易し

『徒然草』241段 あれやこれや思いつく処をあげて説教しているようにも読める。望月や死に際しての人のふるまいを、こりゃだめだと説いた後、こんなふうに言う。「万事を放下(はうげ)して道に向うふ時、さはりなく、所作(しょさ)なくて、心身ながく(しづ)かなり。」

  妄心迷乱と知れば万事を放下して道に向へと兼好説きし

2023年12月24日(日)

寒い。今夜はクリスマス・イブ。

  基督の誕生の日の前の昼白鷺四羽雲の下ゆく

  日曜日は空が仄かに明かるめる布団にくるまり温み感じて

  蝦蟇( がま)のごとき中上健次新宮の路地を跳び跳ぬる淫欲の町を

『中上健次短編集』を読む。「十九歳の地図」「修験」「蛇淫」「かげろう」「重力の都」他、すべて二十数年前に読んでいるはずだが、圧倒的な文体に感動した。やりきれない鬱屈したものが目の前にある新宮という町の先進性と後進性の渾沌とした時間・空間に読者はいつのまにか立ち竦んでいる。その生と死をめぐる物語、濃厚なこれでもかこれでもかという性の描写。凄いのである。
『論語』為政二十一 ある人が孔子に、なんで政治をとらないのかと聞いた。孔子の答えである。書経には「孝なるかな(これ)孝、兄弟に友に、有政に施す」とある。「奚ぞ其れ政を為すことを為さん」

  孔子は政治と意図せず政治執る孝行、兄弟和すれば政治

『徒然草』240段 結婚することの難しさをいっているように思える。「梅の花かうばしき夜の朧月にたたずみ、御垣が原の露分け出でん有明の空も、我が身さまに偲ばるべくもなからん人は、ただ、色好まざらんには如かじ」色恋にかかわってはいけない人が多いということ。なるほど。

  色好まざらんに如かじといふ風雅解さぬ人多きなり

2023年12月23日(土)

朝寒い。零下三度だったそうだ。昼は、昨日と同じように上がってくる。

  あてやかに空暮れむとす西の(かた)(やま)(は)の色(しゅ)(いろど)りて

  身の丈のタブに沈みてものおもふ湯の(ぬく)さよきここちよきかな

  天国といふ珍妙なる国につどひたる黒人、白人、黄色人種

『論語』為政二十 季康子(魯の家老)が孔子に問うた。「人民が敬虔忠実に仕事にはげむようにするには、どうすればよいか。」孔子の答え「荘重な態度で臨めば敬虔になる。親に孝行、下々に慈愛、善人をひきたてて才能の無い者を教えていけば仕事にはげむようになる。」これまた政治ですね。『論語』は政治の書ですかねぇ。

  季康子に政治の道を説く孔子楽しきろかも苦しくなきか

『徒然草』239段 八月十五日と九月十三日は、(ろう)宿(しゅく)である。この婁宿の星座は、清く明るいので、月を賞するのにふさわしい夜だ。

  清明なる良夜の月を賞すべし兼好法師河内流なり

2023年12月22日(金)

本当なのかどうか、朝マイナス二度であった。たしかに寒かった。昼も日差しはあるが、空気は冷えている。

  オレンジ色に地平は明けてしづかなり『中上健次短編集』読む

  明け烏けさまた鳴けばこの世にもとどこほりなく朝はくるなり

  夜の(しるべ)に常夜灯の(あか)(とも)りをり明りつぎつぎにたしかめて通る

『論語』為政十九 哀公(魯の国の君主)が「どうしたら人民が服従するだろうか。」孔子が答えた。正しい人々をひきたて、邪悪な人々の上に位につければ、民は服従し、邪悪な人々をたてて、正しい人々の上に位づけたなら、人民は服従しない。」もっともなことだが、人を判断するのは難しいと思う。君主論だね。

  (なほ)きをぞ(まが)れるものの上に(す)ふかくすれば民おのづと服す

『徒然草』238段 自讃七か条の章段で文庫本五ページの量があり、なかなか読みでがある。中に後鳥羽院が藤原定家に尋ねる場面がある。袖と袂を一首の内に入れたら不味いだろうかと聞いたところ、定家は「秋の野の草の袂か花薄穂に出でて招く袖と見ゆらん」(古今集・秋上)があると言われた。

  後鳥羽院の質問に答へる藤原定家古歌一首上げ応じたまひき