2023年12月7日(木)

今日も青空が広がる。朝はそこそこ寒いが、日中には20℃になるという。

  枯れもみぢ積もる木の下二足(ふたあし)三足(みあし)ゆつくりゆつくり歩みはじめつ

  木のめぐりに紅葉、もみぢ堆積し風にかさこそ子らも集ひ(く)

  枯れ紅葉(もみぢ)つぎつぎに散るさくら木の若き樹皮なり(つや)つぽくして

『論語』為政七 子游(孔子の門人。孔子より45歳若い)が孝を問うた。先生は行った「近ごろの孝というのは、ただ物質的に養うことをさしているが、犬や馬でさえみな養うということは十分ある。「敬せずんば何を以て別たん」これもなるほどではあるが。

  今の孝に賛成できぬ孔子がゐる尊敬がなくば区別もなからう

『徒然草』225段 白拍子の起源 多久資(おのひさすけ)が言ったことである。藤原通憲が集めた中に磯の禅師の舞を男舞として、その娘・静に継がせた。そして仏や神の由来や縁起を唱った。これが白拍子の根元である。その後、源光行が多くの詞章を残し、後鳥羽院が亀菊に教えた。この章の兼好はまるで『梁塵秘抄』を読んでいるようだね。

  白拍子の根元問ふに何がある兼好法師詳しくかたる

2023年12月6日(水)

昨日は寒かった。エアコンを一日中つけていたが、今日は晴れ、見渡す限り雲はない。日差しが暖かい。

  酒饅頭わづかの酒精(アルコール)に酔うたるか少しふらつく老いの(み)なれば

  ぬばたまの丑三つ時に目を覚ます妖怪変化のすがたは見えず

  おそろしき丑三つ時に目ざめをり便所(トイレ)近きは老いたればこそ

『論語』為政六 孟武伯が孔子に孝を問うた。「父母には唯だ其の(やまひ)をこれ憂へしめよ。」子として父母の健康こそ心配せよ。なるほど。

  父母の健康をこそ憂ふべし孔子がいふ孝とはこのことなりき   

『徒然草』224段 陰陽師の有宗入道が鎌倉より、京に来て兼好法師を訪ねてきた。庭の広いことにあきれて、皆畠にしたらどうかといった。兼好は、「まことに、少しの地もいたづらに置かんことは益なきことなり。食ふ物・薬種などを植ゑ置くべし」と答えたという。

  鎌倉より訪ねきたりし有宗入道いふ庭の広きに畠作るべし

2023年12月5日(火)

今日は曇り空で寒い一日になるらしい。

  妻が買ふ小さき蜜柑甘くして愛媛産まれは甘露、かんろ

  頭からシャワーを浴びてこころよきこの痩せ老人暫時(しばし)よろこぶ

  雲重く見通し(あ)しきベランダに立てばそれでも国見のごとし

『論語』為政五 孟懿子(魯の国の家老)が孔子に孝について問うた。「そむかないように」と答えた。その後、樊遅(孔子の門人。孔子より三十六歳若い)に「生けるにはこれに事ふるに礼を以てし、死すればこれを葬るに礼を以てし、これを祭るに礼を以てす。」礼がたいせつなんだ。

  生きてゐる親に孝行するときは礼がたいせつ死後にも重き

『徒然草』223段 九条基家は、鶴の大臣殿と呼ばれるが、童名を、たづ君といった。決して鶴を飼っていたからではない。

  (たづ)大臣(おほい)殿(どの)の謂れを説く幼名たづ君ゆゑにかくも申しき

2023年12月4日(月)

今日もいい天気だ。昼は十五度まで上がるという。

  けふは晴れ小春日和の予報ありおだやかであれ一日いちにち

  革靴を履いて歩くことの困難さ両足裏に筋力あらず

  鏡に(むか)ふこのひょろひょろは誰ならむこれがわたくしこの痩せ(ぢぢい)

『論語』為政四 有名な一章。十五歳で学に志し、三十にして立つ。四十二して惑わず。五十にして天命を知る。六十、耳順がふ。七十、炬を踰えず。孔子の言葉である。孔子の自伝だ。

  六十を過ぎて耳順のことばありされどわれにはまだまだ遠き

『徒然草』222段 乗願房宗源の逸話である。東二条院にて、亡者の追善に何が適当かと問われ「光明真言・宝筐院陀羅尼」と答えた。弟子たちは念仏に勝るものはないというが、宗源は、主張の確かなるを選んで、答えたといった。なるほど。

  乗願房宗源がいふ追善に適当な経は「光明真言・宝筐院陀羅尼」

2023年12月3日(日)

今日も朝から天気がいいが、テレビはフィリピン・ミンダナオ島で起きたM7,6の地震に因る津波の放送ばかり伝えている。

  古紙回収は三日との定め二個口をぶら提げて降りる一階玄関へ

  手の甲に、腕に老班の数増えていつのまにか老い深化してゐる

  (とう)(てい)のたちまちに来るまだ木々に葉の残りたり紅葉去らず

『論語』為政三 孔子の言だ。法制や刑罰などの小手先の政治をすれば、人民は法網をすりぬけて恥とも思わない。しかし道徳で導き、礼で統制していくなら、道徳的な羞恥心を持ってそのうえに正しくなる。これもまた政治についてだね。

  「礼を以てすれば恥ありてかつ(ただ)し」孔子先生また政治をかたる

『徒然草』221段 賀茂祭の検非違使の装束について、健治・弘安のころはよかったが、最近は「いと見苦し」という兼好法師である。「いと見苦し」まで言えばただの蘊蓄ではない。

  賀茂祭の馬の飾りのよきと思ふに最近の様子「いと見苦しき」

2023年12月2日(土)

朝から青空、いい天気だ。わいわい市に行くが、寒川神社は、月遅れの七五三で賑わっていた。

  寒暖差の大きくなれば老いの身につらきものあり水洟(みずはな)たらす

  暁闇にセブン・イレブンの灯りあり(くさめ)いつぱつ夜の街覗く

  冬の日のながく室内(へやぬち)にとどくなり師走二日は昼から寝てをり

『論語』為政二 孔子先生が言った。詩経の三百編、ただ一言で包みこめば、『心の思いに(よこしま)なし』だ。」これはいいね。短いし。

  『詩経』三百編一言(いちごん)(も)てもの言へば「思ひ(よこしま)なし」孔子のたまふ

『徒然草』220段 天王寺の舞楽は京にも劣らない。なぜならば、この寺の音楽は図竹によって高音を合わせる。それは聖徳太子の時代の図竹が伝わっていて、それを基準にするからだ。例の六時堂の前の鐘の根「黄鐘調」だ。この黄鐘調が正調なのだ。またまた兼好法師の薀蓄であろう。

  兼好法師よくものを識る天王寺の舞楽のめでたさをけふは語りし

先週の『日曜美術館』を録画したものを観る。「シン、芦雪」である。長沢芦雪、愛すべき江戸時代の画家である。有名な絵は、あちこち,といっても京より西が多い。ここでは挙げないが、謎は46歳で大阪に客死すること。毒殺とも縊死ともいわれる。不思議な画家である。

  毒殺か縊死か定かにあらざれど四十六歳惜しむべきなり

2023年12月1日(金)

今日から師走である。そのせいか寒い、一応晴れているのだが。

  暁闇に月残るはずが雲の内ほの明こうしてゆくへ知れず

  棚雲に覆はれて日の見えざればわづかに(あけ)にひむがし染まる

  鷗外の詩歌読みくらす師走一日冬の日あたたかく窓ゆ伸びたり

『論語』今日から為政篇である。一 孔子先生が言う。「政を為すに徳を以てすれば、譬へば北辰の其の所に居て、衆星のこれを共するがごとし(政治をするのに道徳によっていけば、ちょうど北極星が自分の場所にいて、多くの星がその方に向かってあいさつしているようになるものだ。)」これまた私の嫌いな政治だね。だけどまあまあかな。
『徒然草』219段 「呂律の物にかなはざるは人の咎なり。器の失にあらず。」またまた、ある意味では薀蓄と言っていいだろう。

  呂律の物にかなはざる、つまり人の咎なり(かげ)(もち)がいふ   景茂は、笛の名人。