2023年11月30日(木)

今日で十一月も終わりだ。早い。いい天気だ。

  ひむがしの空ぎはの(すき)朱色(あけいろ)に霜月尽の朝明けてゆく

  冬になれば着衣の増えて時かかる朝覚めてより立ちあがるまで

夢に

  父が来て大声に言ふあれやこれや一つも覚へず朝は明けたり

加藤周一『言葉と戦車を見すえて』(ちくま学芸文庫)をようやく読み終える。「抗う知識人」の真骨頂「武器よ、天皇制よ、人民の一切の敵よ、さらば」。1946年の「天皇制を論ず」だが、この激しさが好ましい。他にもいろいろあるが、いささか理詰のところもある。まあそれが加藤周一であろう。「日本文化の雑種性」など高校時代を思い出し、自伝である『羊の歌』を読み直すことにした。

  付箋多く貼つて読む本ひさびさなり加藤周一『言葉と戦争を見すえて』

『論語』学而一六 学而編の最後である。孔子先生が言う。「人の己れを知らざることを患へず、人を知らざることを思ふ」いいですねぇ。

  このことは肝に置くべしわれ人に知られざるとも人を知るべし

『徒然草』218段 狐は人に食いつくものと言って、堀川家、仁和寺の本寺の前の例をあげる。そうなんだ、狐は人に食いつくんだ。

  狐は人に食ひつくものと法師いふ舎人(とねり)が寝たるに足を食はれき

2023年11月29日(水)

朝は寒いが、昼はそこそこ。夜はまた寒くなるそうだ。

  西の空に明るく(て)らす残り月この月は時にわれらを領す

  みんなみに一朶の雲がわだかまるこの黒雲こそわが化身なれ

  妖怪のごとくに(かが)(なま)(ごみ)の袋を閉づる一家の(あくた)

『論語』学而一六 孔子が言った。「人の己を知らざることを患へず、人を知らざることを思ふ。」これは納得できる。

  人を知る努力を惜しむなと孔子が言ふめづらしくその章にうなづきにけり

『徒然草』217段 いろいろ書き並べて最後に言う。「大欲は無欲に似たり。」

  大欲は無欲に似たりさう言ひし兼好法師無欲に暮らすか

2023年11月28日(火)

朝は寒いが、今日は22℃くらいまで上がるそうだ。昨夜はビーバームーンだった。今朝も月は残っていた。とても明るい月だった。

  空に残るビーバームーン明るくて西の山なみ暁闇に照る

  さくら紅葉を拾ひに歩く小径あり大きな公園に進む径なり

  公園の中央に大木のけやきの樹黄色にあかるくもみぢしてをり

『論語』学而一五 子貢が孔子先生に聴いたことの後半がおもしろい。『詩経』に「切するが如く磋するが如く、琢するが如く磨するが如し」は、貧乏であっても道義を楽しみ、金持ちであっても礼儀を好むことは、このことでしょうと子貢が言うと、孔子は、子貢よ、それでこそ共に詩の話ができるね。前のことを話して聞かせるとまだ話さない後のことまで分かるのだからと言われた。

  「切磋琢磨」は『詩経』のことば子貢に言ふともに語らむ詩のあれこれを

『徒然草』216段 ここも北条時頼の逸話である。鶴岡八幡宮に参詣した機会に、足利義氏の邸へ、あらかじめ使者を遣わして立ち寄ったので、懇切に接待された。足利の名物、反物も十分に頂いたと、その時そばで見ていた者が、最近まで存命していて語ったという。まあこれも薀蓄といえるだろう。

2023年11月27日(月)

昨日は寒かったが、今日は少し温度が上がっている。

  日の出とともに妻が勤務(つとめ)に出でてゆく霜月二十七日駅までの道

  われもまた中古品なり古びたる欠陥があるわれならなくに

妻はこの春から玉川大学で書を学んでいる。

  墨の香がわづかに匂ふ妻にして玉川学園から帰り来たりし

『論語』学而一四 孔子が言った。君子は食に贅沢でなく、安楽な家をもとめることもない。「事に敏にして言に慎み、有道に就きて正す」学を好むといえるだろうね。

『徒然草』215段 北条時頼の逸話 北条朝直が老いて後言ったことだが、酒の肴がないというので、小さな土器に味噌がついているのを見つけ、それで気持ちよく杯をかさねたという。

  酒のみには少しの味噌でことたりるこころよきなり杯重ねをり

青山文平『江戸染まぬ』(文春文庫)を読む。単行本が出たとき読んだはずだが、覚えていない。いささか理にうるさいが、おもしろかった。著者のあとがき「常温の日常をどう生きていくか」があって、この題になっていることばがいい。著者によれば、この語のような江戸時代を書くのだそうだ。

  青山文平の文庫になりし本を読む女が惚れしは祖父とは驚く

2023年11月26日(日)

寒い。6℃だという。昼間、上がっても11℃らしい。寒いのだ。空は雲が多い。

  シャツを脱ぎ、ズボンを脱げば(うづたか)し着衣重ねし布団の傍ら

  ミルク飴ほほばり歩む(へや)のうち狭いが口中甘やかに匂ふ

  卓上にちり紙一つしわくちやに居坐る(へや)をあたためてゐる

大辻隆弘『岡井隆の百首』(ふらんす堂)を読む。岡井は歌がうまいのかへたなのかよく分からない。選んだ中から三首ほどを。
・つきの光に花梨(くわりん)が青く垂れてゐる。ずるいなあ先に時が満ちてて
・一樹一樹青葉こまやかに吹く見ればどの木も仕事してゐるごとし
・しんしんと怒りの焔もゆるときわが老いふかきことを識りたり
『論語』学而一三 また有子である。信はうそをつかず約束を守る徳。それが確かなものとして完成するには正義に結びつかねばならないのだ、そうだ。

『徒然草』214段 想夫(さうふ)(れん)という楽は、もと相府(さうふ)(れん)である。蓮府(れんぷ)は大臣のこと。また廻忽(くわいこつ)も廻鶻の誤りである。廻鶻国という強大な野蛮国があったとか。

  またまたに兼好法師の蘊蓄なり役にたつのかどうか分からず

2023年11月25日(土)

三島由紀夫、森田必勝自決。あれから53年。今日は雲が多い。そして寒い。

  あの日から五十三年。三島由紀夫、森田必勝の自刃弔ふ

  二人の首を並べて写す新聞の首と血に動揺し忘れがたし

  電柱より平屋の屋根に飛び移るからすは既に町を領する

  あけぼの杉に茶の色まざる霜月や冬に入らむと葉を落としたり

永井荷風の戦中・戦後にかけた小説の入った『問はずがたり・吾妻橋』を読む。荷風は、けっして終戦などとは言わない。多く休戦であり、いつのまにか戦争は終っている。「問はずがたり」は、一人の画家の物語。若い奔放な女性たち。荷風には珍しい戯曲。そして「吾妻橋」。なかなかいいし、凄い。荷風には感心させられる。三島の死の時、もし荷風が生きていたとすれば、まず無視だろうと思うと荷風の凄さに、あらためて納得だ。
『論語』一二 有子の言、「礼の用は和を貴しと為す。」 礼には調和が貴いのである。
礼は主として冠婚葬祭その他の儀式の定めをいう。社会的な身分に応じた差別をするとともに、それによって社会的な調和をめざすのである。長くなるし、説教くさくなるので『徒然草』はお休み。

  『論語』とは為政者の書わたくしの(しやう)にはどうも合はないやうだ

2023年11月24日(金)

いい天気だ。リハビリで北の公園へ。歩きが早くなったと言われた。3時、久米さんくる。

  けふもまた廊下に椿(かめ)(むし)がうづくまる生死判別(わか)り難く虫には触れず

  椅子を引き椅子の背に手を添へながらふくらはぎを伸ばすふくらはぎ痛し

  柿の葉を写して何かたのしきに色探りつつ写しゆくなり

『論語』一一 孔子先生がいった。「父存せば其の志を観、父没すれば其の行ひを観る。三年、父の道を改むること無きを孝と謂ふべし。」3年かぁ。私の父の死は、1989年だから34年か。たしかに父の道を違えているか。3年は守っていたかなぁ。

  孔子先生むづかしいことは言つてない三年はさう長くはないか

ふーむ。
『徒然草』212段 「秋の月は、限りなくめでたきものなり。」

  秋の月このうへもなく美しと兼好法師さしづめ隠士

213段 天皇・上皇の火炉に火を置く時、火箸を使わないで、そのまま火を移すべし。岩清水八幡宮へ行く際には、潔斎の装束を着た者は火箸を用いてもよい。まあ薀蓄の一つだな。