2025年4月5日(土)

久々の快晴である。風が強いらしいが、本当に久しぶりの晴だ。ちょっとうれしい。

  寝る前にベルナール三錠高価なる薬物を飲む効きてゐるのか

  手が延びて足が縮まり首長の老いがわれなり醜きものぞ

  山茶花の花びら拾ひかがむときああ老いたるや赤き花びら

『論語』陽貨一五 孔子曰く、「鄙夫(ひふ)は与に君に(つか)ふべけんや。其の未だこれを得ざれば、これを得んこと患へ、既にこれを得れば、これを失はんことを患ふ。苟もこれを失わんことを患ふれば、至らざる所なし。

  身分の低い、粗野な男は主君得ても使ひものにはならざるべしや

『古事記歌謡』蓮田善明訳 百六 志毘臣
今度は志毘臣の方から、
大宮の (をと)端手(はたで)       あなたの宮の軒ははや 傾きかけておりますぞ
(すみ)(かたぶ)けり           気をつけなさい御位も

  大宮の軒の端手はもう早く傾きかけたり注意すべし

2025年4月4日(金)

いやあ、晴れた。ひさしぶり、いいねえ太陽の光り。

  髭面の爺はわれなり木にあまた赤き花咲かす椿を廻る

  ひょろひょろに傾きかたむきひょこひょことうごめくやうな足弱われなり

  山茶花の花の赤きが散り落ちてあまたの赤き花びらを踏む

『論語』陽貨一四 孔子曰く、「道に聴きて塗に説くは、徳をこれに棄つるなり。」

道ばたで聞いてそのまま道で話して終りというのは、よく考えて身につけようとしないのだから、徳を棄てるものだ

  道ばたに聴きてそれで終りといふならばそれこそ徳を棄つるに似たり

『古事記歌謡』蓮田善明訳 百十一 シビノ臣
(百六)こう歌って、その歌のあとを求められると、志毘臣は、
大魚(おほを)よし (しび)突く海人(あま)よ    わたしを鮪と言わば言え 鮪突きたいと思っても
(し)があれば (うら)(こほ)しけむ    少女はわたしが取っている
鮪突く鮪           さぞかし恋しいことでしょう

  少女はわたしが手にあらむさぞかし恋しいことでしょう

2025年4月3日(木)

今日も雨、やがて曇るようだが、どうだろう。寒い。

  春がきたからとコートを脱ぐいささか寒く堪へがたきかも

  マフラーも毛糸の帽子も脱ぎすててさねさしの空を仰ぐなりけり

  本を読む速度遅々たるものなれどやうやう月に七冊を読む

『論語』陽貨一三 孔子曰く、「郷原は徳の賊なり。」

村で善い人といわれるものは、いかにも道徳家に見えるから、かえって徳をそこなうものだ。

なるほどとは思うものの、村には、そういう人ばかりではないだろう。

  孔子言ふ郷原は徳の賊なりされどされども果たしてさうか

『古事記歌謡』蓮田善明訳 百九 ヲケノ命

かくて、この二王子が皇位におつき遊ばされようとするころのことである。平群臣の祖先の志毘(しび)臣は、歌垣に出て、ヲケノ命のお婚しになろうとする少女の手を取った。その少女は莵田首の娘で、オホヲという名であった。ヲケノ命は歌垣に出場されてまず
(しほ)(せ)の (な)(をり)を見れば     沖の波間にぽかぽかと 鮪が泳ぐをよくみれば
遊び来る (しび)鰭手(はたで)に     途方もないぞ鰭かげに
妻立てり見ゆ         わたしの妻が立っている

  潮瀬の波折を見ればその鰭のかげにわたしの妻が立ちをり

2025年4月2日(水)

今日も朝から雨。やがて上がる見込みだが、北風もあり寒い。

  けさは朝から日のひかりやうやう春の訪れである

  ひよどりにからす、すずめがそれぞれに鳴き合ふ朝の町の光景

  キッチンのシンクに赤きトマトの(へた)みどりの色があまた落ちてる

『論語』陽貨一二 孔子曰く、「色厲しくして内荏なるは、諸れを小人に譬ふれば、其れ猶ほ穿窬の盗のごときか。」

顔つきはいかめしくしているが内心はぐにゃぐにゃというのは、それを下々の者でいうなら、まあちょうど忍び込みのこそ泥のようなものだろうか。うわべを取り繕って人に見すかされるのを恐れている。

  色厲しくて内荏なるはさながら穿窬の盗のごときか

『古事記歌謡』  仁徳天皇

ここに、山部連ヲタテが、播磨の国の国司に任命された時、シジムという者の     家に、新築祝いに行った。そこで盛んに酒宴が張られて、宴たけなわにまった時、その席順にみな舞いをすることになり、 竈のかたわらに火を焚く少年が二人いるのにも舞わせようとした。すると、その一人が、「兄さん、先にお舞いなさい」「いやおまえが先に舞いなさい」と相譲るさまを、人々はおかしがって笑った。結局、兄の方が先に舞い、終って次に弟に弟の方が舞う時に、節を着けて、声を長く引き、調子をつけながら、物部(もののべ)の、わが夫子(せこ)の、取り(は)ける、太刀の手上(たがみ)に、(に)(か)きつけ、その(を)は、(あか)(はた)(た)ち、赤幡立てて、見れば五十隠(いかく)る、山の三尾(みを)の、竹を本(か)き刈り、末押し靡かすなす、八絃(やつを)の琴を調べたるごと、天の下治め給ひし、(い)(ざ)本和気(ほわけ)天皇(のすめらみこと)の御子、市辺(いちのべ)(おし)(は)(のみこ)(やっこ)御末(みすゑ)物部の、武士(つわもの)どもが帯びている、太刀の(つか)には赤土を、塗って下緒(さげお)は赤布で、してまた赤い旗を立て、にわかにそれもどこへやら、隠れひそんで山裾の、竹の根を刈り枝末を、押し靡かしているように、また八絃(やついと)の琴の音を、調べ整え弾くように、天下をお治め遊ばした、履中天皇の一の皇子、市辺の忍歯王の御子、我らは皇子のなれの果て。

こう仰せられたので、ヲタテは聞いてびっくり、椅子からころげ落ち、その家にいる人々を追い出し、二王子を左右の膝の上に抱き上げて、泣き悲しんだ。それから人を集めて仮宮を作り、その仮宮の(おわ)さしめて、都に急使を立てた。(おば)のイヒトヨノ王は、これを聞いて喜び、(つの)刺宮(さしのみや)に招いた。

  新しく皇位を継ぐ二王子の奴のやうな暮らしも今日まで

2025年4月1日(火)

朝から冷たい雨が降る。今日一日雨、ことによったら雪。冬並みに寒いのだ。

今日は、四月莫迦。何を言ってもいいのだ。ほんとに、いいのか

  四月莫迦には一つだけ嘘が許されるしかしわたしは嘘は言はない

  けやき樹も枝さきにはつか葉をつけて枯れゆく木にもいのちありけり

  蛇口よりしたたる浄水を受け入れる二リットルのペットボトルたくましきもの

  二リットルのペットボトルが二本立つキッチンの奥に嗤ふがごとく

  ペットボトルより清水注ぐ。清水は少しく怒りを含みてゐるか

『論語』陽貨一一 孔子曰く、「礼と云ひ礼と云ふも、玉帛を云はにゃ。楽と云ひ楽ふも、鐘鼓こうを云はんや。」

儀礼や雅楽は形式よりもその精神こそが大切だ。

  礼といひ礼とふは玉や絹布、楽といひ楽といふも鐘や太鼓これではだめだ

『古事記歌謡』蓮田善明訳 百五 
ヲドヒメも歌って、
やすみしし わが大君の      大君の 朝夕常に倚りかり
朝戸には い(よ)(だ)たし      休らいいます脇机の
夕戸には い倚り立たす      下板にでもわたくしが
(わき)(づき)が下の 坂にもが       なれたらどんなにいいでしょう
(あ)(せ)を        そしたらいつも大君の おそばにお仕えできましょう

これは「静歌(しずうた)」である。

  袁抒比賣のかくも大君をたたへたる歌をこしらへわれは慎む

2025年3月31日(月)

朝から曇り、時々雨。寒い。

  ひよどりの姦しき声。(ごみ)を出す妻とわれらの頭上を移る

  あけぼの杉の冬木の枝にひよどりの二羽が来てゐるやかまし、姦し

  ひよどりが低きところを移りゆくいまだ春には遠き日々なり

『論語』陽貨一〇 孔子、伯魚(孔子の子、鯉)に謂ひて曰く、「(なんじ)周南と召南を(まな)びたるか。人にして周南・召南を(まな)ばずんば、其れ猶ほ正しく(かき)に面して立つがごときか。

『詩経』の国風の最初の二地方の歌。道徳的なものか。塀をまん前にして立っているようなもの。何も見えていない。一歩も前進できない。

『詩経』にある周南、召南を学びたるかこれなくばまるで牆にたたずむ

『古事記歌謡』蓮田善明訳 百四 雄略天皇

この饗宴の日に、また春日のヲドヒメが酒を奉る時に、天皇が歌った、
(みな)(そそ)ぐ (み)嬢子(をとめ)          臣のおとめが酒をつぐ
秀罇(ほだり)取らすも            かよわい手つきでしっかりと
秀罇取り 堅く取らせ        重そな酒器(さけつぎ)手に持って
(した)(かた)く (や)(がた)く取らせ        しっかりともて しっかりと
秀罇取らす子            酒器捧げて酒つぐ子

これは「盞歌(うきうた)」である。

  臣の嬢子が酒をつぐ重そな酒器を手にもってしっかりとして酒をつぐ

2025年3月30日(日)

朝は少し寒いけれど、じきにそこそこ日が出るようです。

  バスタブを洗剤まみれに洗うときわれは何者ただの爺か

  片腕に洗剤まぶしたスポンジを掲げて踊るひょっとこならむ

  ひょっとこひよっとこ唄ひながらにバスタブを洗へば楽し洗剤まみれ

『論語』陽貨九 孔子曰く、「小子、何ぞ夫の詩を学ぶこと莫きや。詩は以て興こすべく以て観るべく、以て群すべく、以て怨むべし。邇くは父に事へ、遠くは君に事へ多く鳥獣草木の名を知る。」

  必ずや詩を学ぶべしあれこれと良きことがある鳥獣草木の名

『古事記歌謡』蓮田善明訳 百三 オオハツセワカタケルノ命
天皇も、
百敷の 大宮人は       大宮仕えの女たち
鶉鳥 領巾取り掛けて     この新嘗に奉仕して
鶺鴒 尾行き合へ       鶉のようにひれをかけ
庭雀 うずすまり居て     鶺鴒のように裳をたれて
今日もかも 酒みづくらし   雀のように群れ集い
高光る 日の宮人       今日こそ酒に酔うらしい
琴の 語り言も こをば    顔もほんのり赤らめて

この三首(百一、百二、百三)は「天語歌」である。こうして、この饗宴では、

三重の采女を賞し、たくさんの賜り物があった。

  鶉のやふに、鶺鴒のやふに、雀のやふに今日こそ酒に酔ふらしき