雨、雨だ。やがて雨は上がるらしいが……
わが歩みの前行く小爺、懸命に追ひ越さむとするにとても及ばず
それほどに早きものとは思はねど小爺抜けず面さへ見えず
三度目の悪性リンパ腫は治らない不具合ばかりを私に遣す
人生の後半戦を戦ふには足弱り、筆記に会話困難なりき
『孟子』万章章句上126-2 咸丘蒙曰く、「舜の尭を臣とせざるは、則ち吾既に命を聞くことを得たり。詩に云ふ、『普天の下、王土に非ざるは莫く、率土の浜、王臣に非ざるは莫し』と。而して舜既に天子と為る。敢て問ふ、瞽瞍の臣に非ざるは如何」と。曰く、「是の詩や、是を之に謂ふに非ざるなり。王事に労して、父母を養ふことを得ざるなり。曰く、『此れ王事に非ざること莫し。我独り賢労す』と。故に詩を説く者は、文を以て辞を害せず。辞を以て、志を害せず。意を以て志を逆ふ。是れ之を得たりと為す。如し辞のみを以てせば、雲漢の詩に曰く、『周余の黎民、孑遺有ること靡し』と。斯の言を信ぜば、是れ周に遺民無きなり。孝子の至りは、親を尊ぶより大なるは莫し。親を尊ぶの至りは、天下を以て養ふより大なるは莫し。天子の父為るは、尊ぶの至りなり。天下を以て養ふは、養ふの至りなり。詩に曰く、『永く言に孝を思ふ。孝を思へば維れ則たり』と。此を之れ謂ふなり。書に曰く、『載を祗みて瞽瞍に見え、虁虁として斉栗す。瞽瞍も亦充とし若へり」と。是を父得て子とせずと為す』と。
舜と瞽瞍、ただの子と父とはならず誠意を覚へ舜にしたがふ
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
八幡へ参らんと思へども 賀茂川桂川いと速し あな速しな 淀の渡りに舟浮けて 迎へたまへ大菩薩
(四句神歌・神分・二六一)
【現代語訳】石清水八幡宮にお参りしようと思うけれど、賀茂川も桂川も流れがとても速い。ああ速いことだなあ。淀の渡し場に舟を浮べて、お迎えください、八幡大菩薩よ。
【評】石清水八幡宮(京都府八幡市男山に鎮座)への水路参詣の困難さを歌う一首。八万大菩薩自身の船のお迎えで救ってほしいと望む。熊野詣に羽を望む前歌(→二五八)と同様の趣向である。
京都市を南北に流れる賀茂川は、北西から東南に流れる桂川(桂川の上流は大堰川、そのさらに上流には保津川と呼ばれる)と合流し、その桂川は宇治川、木津川と合流して淀川となる。淀は、桂川・宇治川・木津川三川の合流地点で水運の中心地であった。八幡神は、平安時代初期には鎮護国家の神として、護国霊験威力神通大自在王大菩薩、大自在王菩薩などと称され、「八幡大菩薩」の略称が広く用いられた。神仏習合現象の一つである。煩悩の海に沈む衆生を仏・菩薩が救い上げて船に乗せ、彼岸(悟りの境地)あるいは浄土に渡すという発想は仏教歌謡の中にしばしば見られるが
当該今様の背景にも同様の考え方が窺える。
目前に見る自然の脅威によって、その困難な道の先にある社の尊さはさらに増であろう。仏教的常套表現が、生き生きとした実感をもって捉え直されている一首と言えよう。