台風が行ってしまったと思ったら、妙に涼しい。半袖・短パンではいられない。いきなりなんだ。水曜日は燃やせるゴミとトイレ掃除の日だ。むすこが来る。
コバヘとの川中島の合戦も終盤戦か激減したり
ぎうぎうにゴミの袋を絞め了へて周囲たしかむコバヘの数を

台風が行ってしまったと思ったら、妙に涼しい。半袖・短パンではいられない。いきなりなんだ。水曜日は燃やせるゴミとトイレ掃除の日だ。むすこが来る。
コバヘとの川中島の合戦も終盤戦か激減したり
ぎうぎうにゴミの袋を絞め了へて周囲たしかむコバヘの数を

台風14号が温帯低気圧になり、それが私が住むあたりにもいたずらをして、灰色の雲や黒い雲が、たびたび雨を降らす。南風もなかなか止まない。
さねさしさがむを覆ふ雲のかたち龍の頭が群れなして来る
群れなすは龍の頭のごとき雲灰白色に尻尾はあらず
台風の雨にふられてあらたしきみどり清しきあけぼの杉なり
そういえばこのブログをはじめた頃、むすこから「さねさし」って何と聞かれたことがあった。一度そのことを書かねばと思いつつ、忘れていた。古事記のヤマトタケルの東征神話に出てくる「さねさしさがむの小野に燃ゆる火の火中に立ちて問ひし君はも」が典拠なのだが、「相模」にかかる枕詞としか分からない。辞書には語義、かかりかた未詳とあり、語源に諸説あるが定まっていない。ということでなかなか書きにくかった。
そこに最近、近藤健二という学者が『日本語の起源―ヤマトコトバをめぐる語源学』(ちくま新書)に古代中国語に日本語の古層を求める説があらわれた。古代中国語を参照すると「サガム/サガミ」も「サネサシ」も阻む、険しい、峻険である、歩みを妨げるというような漢字が基になっていて、「相模国には広い平野がありましたが、駿河国からそこへ行くには国境付近の難所を越えねばなりませんでした。サネサシはそういう地勢を表す言葉であったと思われます」と説いた。真偽はなんとも言えませんが、気になる説ではある。
サネサシは箱根の嶮のけはしさを表はすことばかサネサシサガム

台風14号が日本列島を縦断してくる。激しく雨が降り、すぐに止み、また降りだす。その繰り返しだ。被害者には失礼きわまりないが、少年時代、台風からの被害を少なくするため戸板を打ちまわしたり、台風の一夜の常とは違う緊張感が、言いようもなくわくわくしてたまらなく好きであった。相米信二監督『台風クラブ』を思いだしている。
タイフーンが東上してくる時の間のこころの昂ぶり知られてはならぬ
板戸閉め釘打ち台風を待ち構ふ暗き一夜のこころ躍りよ
鈴木正博の命日だ。あれから27年になる。
このごろは思ひだすことも稀になるゆるせよおれも老いたるかなや

朝から雨。さっそく『あばな』を読む。次のような歌を拾う。
死者たちが夢に出て来てそそのかす道は結構爪先下がり
南から関東平野に雨が来る情報の中に佇立してゐる
暗く重い夢のなごりが少しづつ晴れていく中入れ歯を洗ふ
樋口覚の書を読みつつ眠りたる一夜は明けて細き雨降る
ああこんなことつてあるか死はこちらむいててほしい阿婆世といへど
死はやはりとてつもなくてさう遠くなくやつてくる読みつつ怖る
岡井隆は2020年7月10日、92歳で亡くなっている。
九十二年生きても怖ろしきものがあるああ人間といふ不思議なるもの
深町秋生『ヘルドッグス』読了。岡田准一主演の映画になるというが、凄い警察・極道ミステリイだ。
暴力シーンのかくも醜悪なる小説いくたびも閉ぢ時おきて読む

昨日は和菓子屋が秋のおはぎを売り出す日で、早速三つ、粒あんでくるんだものを買ってきた。
和菓子屋がおはぎ売り出す日をねらひつぶあんおはぎを三つ買ひ来る
秋の盆にはまだ早けれどつぶ餡のおはぎを食らひ老いもよろこぶ
今日は、あの9月17日から17年目の9月17日。悪性リンパ腫ステージⅣよく生き延びてきたものだ。5年後再発、こんどは余命1年、そしてあげくに洞不全症候群、今は心臓ペースメーカーに生かされている。障碍者1級の手帖所持。新宿の紀伊国屋書店に行ってきた。
あの日から十七年目のけふの日に岡井隆遺業集『阿婆世(あばな)』買ひ来し
値上げ前のロマンスカーに新宿へ『川端茅舎全句集』贖ひて来し

朝5時、19℃だったが、昼前には暑さが戻っている。31℃になる。
あけぼの杉の葉むらささやくごとく揺れ九月十六日朝晴れてゆく
杉の葉のささやきは天女のこゑなるか朝のひかりによろこび満ちて
けやき木の葉のいくつかが黄変し落ちて来る落ちてゐる秋近みかも

朝は涼しいが、昼前には暑さが戻る。横須賀短歌会の例会に出かけた。
鳶高くひょうろひょうろと鳴き巡り横須賀軍港けふしづかなり
あやふさを潜めて港にしづまれるイージス艦この船も戦艦である
海兵の夏服白きがつらなりて艦を降りゆく気ままなる列
