風がある。
木には木の揺れ方がある。あけぼの杉、けやき、夏つばき各々に揺る
つつじの花しぼめばさつきの花ひらくすこし小さき赤き花咲く

風がある。
木には木の揺れ方がある。あけぼの杉、けやき、夏つばき各々に揺る
つつじの花しぼめばさつきの花ひらくすこし小さき赤き花咲く

初夏のよき日である。買物ついでに妻とドライブ。相模川沿いの河岸段丘の上、八景の棚からの眺望を楽しんできた。
はつなつのひかりと風につつまれてさみどりの葉の楠の大木
桃色の夕空をゆく飛行機雲、大山を超え遠くのびゆく

今日も五月らしい一日だった。海老名図書館周辺の田んぼ道を歩く。まだ水も入っていない田に鷺が一羽。絵になるような姿だった。
田の畔に一羽たたずむ白鷺の首うごかしてめぐり探れり
だんごむしを避けてあゆめばよろよろと六十六になるおいぼれである

初夏ということだろう。また連休後半に入り、相模川の厚木側ではテントを立てて遊ぶ家族がたくさんいる。圏央道は見えるかぎりでは、それほど混みあってはいない。東名や中央道は朝から渋滞情報がでていた。
むすこへのメール打つため足とどむ圏央道の高架の下に
つつじ花赤きも白きもはつなつの風にゆれたり川までの径

今日は朝から晴れて気ちいい日だ。ただ少し寒い。つくづくと思うのだが、親になるというのは子どもが生まれたときではなく、子が他者の家族の一人と結婚するときなのではないか。今になってようやく両親のあの時の心の内の苦さのようなものに思い当たる。いやいや申し訳なかったなあ。
父との思いでの一つ。父と二人で伊勢神宮を訪れたことがある。小学生の低学年の頃だったろう。
五十鈴川にのぞむ父と子うしろ手を組む写真あり父の真似して
おだやかで優しき父の表情とにほひ思ひだす心弱れば

むすこの結婚相手の家族と東京駅近くの北大路京橋茶寮で会食。明るく、優しいご両親であり、ほっとした。会が終わるころには雨が激しくなっていた。満腹、そして疲れた。メトロロマンスカーで町田まで帰ってきた。
ひさしぶりの東京駅のにぎはひに妻とふたりの重きおもひあり
京橋の料理屋にあがり此れの世の親たるもののつとめを果たす
車窓には雨のしただりロマンスカーにほっと息つく妻と並びて

昨日の緊張の余韻か、疲労感がある。結局、逢坂剛の百舌シリーズ0番目『裏切りの日日』も読んでしまった。
好奇心は老いのこころをゆさぶりて深夜まで読むこのミステリイ
先日買って置いた絨毯をリビングのテーブルの下に敷く。深緑色の洒落た絨毯であり、部屋が新しくなったように感ずる。
日々踏みて色の褪せたるリビングの絨毯あたらしくなる毛足もふかく
古い絨毯は廃棄するが、感謝を申し述べておきたい。
二十年この絨毯の上にすごす汗も涙もしたたり滲む
