2021年4月23日(金)

東野圭吾『マスカレード・ホテル』のシリーズ3冊読了。まあ軽快なミステリーで楽しめたが、昨年読んだ堂場瞬一の11冊にわたるシリーズ刑事・鳴沢了の方が人間ドラマが深く、多様でおもしろかった。まあでも楽しい読書タイムではありました。

  春の朝のねむりを襲ふ悪夢ありけふは幸ひ襲ひ来ざりき

  欅若葉の風にしづかに揺れてゐる木の下に仰ぐ祈るがごとくに

2021年4月21日(水)

今朝もまた悪夢に目覚む。京都のどこからしい。高低差のある駅。妻と妻の友人が先行している。高架橋から下を行く妻に声を掛けるのだが無視されたか、聴こえないのかふり向きもしない。そして駅前を出たところでどこへ行ったらいいのかもわからなくなる。そこへ結婚式を終えたらしい集団がやってくる。いざこざがあって、集団に囲まれて暴行されそうになったところで目が覚めた。ああ嫌だ。京都といいながらあの駅はいつもの駅のようではないか。

  春の野やむくどり、雀も来て遊ぶ

桐の木をみつけた。

  桐の花咲きはじめたりわが頭上高きところにむらさきけぶる

  仰視すればむらさきけぶる花がありその先に青き春の空みゆ

2021年4月20日(火)

録画していた「小吉の女房」(NHKBSプレミアム)を見ていたら崇徳院の歌が取り上げられていた。

  花は根に鳥は古巣に帰るなり春のとまりを知る人ぞなき

いい歌ですなあ。

  花も鳥もまだ春さかりひよどりの声鳴き騒ぐ電線の上

  四月二十日朝のひかりのまばゆさにあけぼの杉もひかりをまとふ

2021年4月18日(日)

相模の国海老名と綾瀬の境に五所神社がある。銀杏や椎、楠の大木があり、古風な社である。伝説の日本武尊の腰掛石があって、この「さねさし歌日録」とも無縁ではない。

  楠の木の若葉の枝を落とす風春のあらしは音立ててくる

  風に落ちたる楠の若()を腰かがめ拾はんとする(もり)の参道

  くすの葉をちぎればにほふ香りありはつかながらも樟脳匂ふ

ヤフーの宣伝メールがエアコン付きトラクターを薦めてきた。これを私が買うということか。どんな情報が流れているのだろう。 畑仕事にあこがれはあるがトラクターを買ふ余裕なし年金頼りだ

2021年4月17日(土)

今日は朝からしょぼしょぼ雨だ。父の命日には早いのだが、当日は平日なので今日墓参。墓苑は山ふところのような少し高所にあり、平地から見れば雲がかかっている。おそらく雨であろう。案の定雨であった。

  雲中に父の墓あり花飾りともし火点ずるわれらも雲中

  老いわれの歩みはどこかたよりなく陰陽師に()り禹歩する如き

禹歩(うほ)は、中国の夏の禹王の足が不自由になった時の特殊な歩き方で、それをまねて占いや祭りのときに巫者が用いた。日本では貴人の外出時、邪気を除くために陰陽師が呪文を唱え千鳥足に歩く。二歩目を一歩目より前に出さず、三歩目を二歩目の足で踏みだす歩き方と辞書にはある。やってみるとわかるが、私には無理だ。