2022年1月8日(土)

奈良旅三日目。起床後大浴場へ。宿酔気味の頭を覚ます。京都に戻る途中、新田辺で降りてタクシーにて一休寺へ。いいお寺であったがだいぶ傷んでいる。京都駅に戻り、妻が土産物を選んでいる時間を西本願寺へ。

一休寺本堂の縁に寝ころんで庭園の石と対話してをり

北庭にごろりころがる石がいふまあそのままで自然(じねん)無為(ぶゐ)にて

西本願寺の正門を出て京の町新旧混在の街衢(ちまた)を歩く

こんなにもでつかい伽藍の内にゐて往生ねがふなどあひなきものなり

京都駅16:33ひかり658号で小田原へ。19:30頃帰着。いやあよく歩いた。20000歩を超える日もあった。

京都駅に買ひこし阿闍梨餅を喰ふ奈良への旅の閉ぢめとせむか

2022年1月7日(金)

奈良旅二日目。長谷寺へ。駅からこんなに階段を下らなければならなかったか。記憶が失せていた。そして帰りにはその階段を上ることになる。しかも寒い。しかし本堂では勤行がはじまり、なかなか感動的な時間との出会いがありました。長谷観音の大きさ、やさしい表情に包まれるようでもありました。

長谷寺へ駅からこんなに階段をくだりしかとんと記憶失ふ

さういへばさうだつたかとかはらざる與喜山暖林にむかへば憶ふ

勤行の太鼓の音のひびきあり本堂へむかふ長谷寺回廊

いくたりの平安をとめもひざまずくその黄金の頬笑みのまへ

長谷寺の観音像につかへたる雨宝童子の赤きくちびる

ぼたん花は藁につつまれひつそりと白き花咲かす初瀬(はつせ)(かひ)

参道のいつもの店に草餅をほほばりて笑ふ媼と翁

駅までの階段をはあはあ息をつぎながら辿りかえし、桜井へ。安倍文殊院、そして桜井市図書館、等彌神社へ。安倍文珠院の変貌には驚いた。それ以上は言うまい。そして今、わたしの腕にはドーマンセーマンの念珠がある。もちろんプラスチック製のまがい物だが。

安倍文珠院西古墳

古墳(ふるつか)の石室内部に灯をともし()にし世もさう遠くはあらず

等彌神社

鳥見山に靈畤(まつりのには)を立てたりし磐余彦(いはれびこの)(みこと)ここに祈れり

夕刻、この旅のもう一つの目的である旧友に会う。奈良国立博物館の館長である。高校時代以来の数少ない友人。奈良の酒に酔うて談論風発、快なり。

わが朋に会はむときたる奈良の夜ならの酒飲むこの酒やよし

快なり、快なり。

年明くる奈良の町にはどことなくほっと息するやさしさがある

2022年1月6日(木)

朝曇り。6:45分出発、小田原へ出て、8:07ひかり633号乗車。10:12京都着。
東本願寺、念珠屋、そしてこの5月妻が引率する修学旅行の宿の確認を終えて、予定していた山陰線に向かおうとすると遅延情報、急遽バスで仁和寺へ向かうことにする。

それぞれにスーツケースを転がして寝不足ふたりごろごろとゆく

小田原よりまづ新幹線に乗り込んで妻とふたりの奈良旅はじまる

コーヒーにサンドイッチの朝食に右手の富士は曇りて見えず

本願寺御用達を謳ふ念珠店硝子扉ひらけば京ことば迎ふ

仁和寺までは小一時間、乗り合いバスに揺られ、結局帰りも同じルートで京都駅へ。
仁和寺門前のうどん屋で天ぷらうどんを食す。店内は寒かったけれど関西のうどんはうまかった。

関西のうどんを味をたのしめば冷えしこころもあたたかくなる

仁和寺の法師の烏滸(をこ)のものがたりこの地に立てば親しきものか

仁和寺に御室ざくらの咲くころは烏滸の法師もはなやぎてゐむ

それにしても『徒然草』は、仁和寺僧の失敗譚をなぜ三つものせているのだろう。何か図るものがあるのだろうか。

15時過ぎ、近鉄特急で奈良へ。春日ホテル泊。
夜は大和鶏を食わせる店で春鹿を少し。

大和鶏のたたきに奈良の酒をのむ妻とふたりの至極の時なり

夕焼けのぬくもり残す奈良の空古きみやこの暮れてゆくなり

2022年1月5日(水)

寒いけれど、よく晴れている。

大山のいただきあたり雲もなし。くきやかに見ゆ冬の山稜

朝のひかりはあけぼの杉を照らしたり葉をすべて落す冬木の杉を

枝の内に朝のひかりが充ち満ちて一樹かがやくまばゆきほどに

明日からはひさびさの奈良旅である。報告は四日後かな。

東西南北四方に桃の花咲く村まぼろしの如おもひみてゐる

2022年1月3日(月)

箱根駅伝、國學院は結局8位。シード権をかくとくしたことになり、まあよかった。1年生の活躍もあり、来年が楽しみだ。
昨日は息子、むすめが帰ってきた。共に酒を飲んで楽しかった。宮の舞(四日市)、加賀纏(金沢)、酔心(広島)、紺碧(鈴鹿)四合瓶を4本空けたことになる。それ以外にクラフトビール数本。楽しく酔った。

睦月三日こよひもしづかに暮れてゆく山の端しばし橙黄色に

大山の頂あたり笠形の雲かかりをり正月三日