今日は一日、雨。
この世をば滅ぼすことには否といへどされど刻々に海面上がる
白梅、紅梅の花咲けば匂ひ充ちたり春来んとする
ローソンに購ふ冷凍食材を電子レンジに六分温む
『孟子』万章章句上129 万章問うて曰く、「人言へること有り。『伊尹は割烹を以て湯に要む』と。諸有りや」と。孟子曰く、「否。然らず。伊尹は有莘の野に耕して、堯舜の道を楽しむ。其の義に非ざるや、其の道に非ざるや、之を禄するに天下を以てするも、顧みざるなり。繋馬千駟も、視ざるなり。其の義に非ざるや、其の道に非ざるや、一介も以て人に与へず。一介も以て諸を人より取らず。
伊尹は人に与へず人からも取らずただ清廉な人物である
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
文殊の海に入りにしは 娑竭羅王波をやめ 龍女が南へ行きしかば 無垢や世界にも月澄めり
(四句神歌・経歌・二九三)
【現代語訳】文殊菩薩が海にお入りになった時には、娑竭羅王は荒波をしずめてお迎えし、龍女が南へ行ったので、南方無垢世界にも月が澄み渡っている。
【評】龍女成仏(→二〇八)とそれに先立つ文殊菩薩の竜宮行きを歌った一首。『法華経』提婆達多品には、文殊菩薩が海中で『法華経』を説いたことは記されるが、海に入る時の描写は見られない。当該今様は、龍女の父・娑竭羅王が荒波をしずめて文殊を歓迎したであろうと想像し、荒海に入ろうとする文殊、命令する娑竭羅王、静まる波、といった動きのある劇的な場面を作り上げている。
「無垢や世界」の「や」は音の調子整えるために添えた間投助詞で、「無垢世界」と同じ。龍女の浄土は「南方無垢世界」と呼ばれる。『法華経』提婆達多品によると、龍女は文殊菩薩の教えを聞いて悟りを開き、たちまちに男子と成って南方無垢世界へ行き、蓮華の上に坐して、衆生のために法を説いた。月の描写も経本文には見えないが、当該今様は、龍女の悟りを澄んだ月に譬え、静かな波と対比させて美しい一首に仕立てている。
なお、鎌倉時代には、獅子に乗った文殊菩薩が四人の侍者とともに海を渡る、渡海文殊像(彫刻・絵画)が制作されるようになる。一群の像は、中国における文殊の聖地五台山信仰を背景に生まれた図像に基づくが、海を渡る表現は日本に独特のものとされる。古い作例として、文永一〇年(一二七三)康円作、渡海文殊像があるが、この像では台座の框の上面に波が描かれている。また、醍醐寺蔵「文殊渡海図」(一三世紀)では海の波の上に雲が描かれ、その上に、四人の眷属を従えて獅子に乗った文殊菩薩が描かれる。平安時代の現存例は知られないが、海に入る文殊を歌う今様の成立は、このような図像の成立と軌を一にするものと言えるのではないだろうか。