朝は雨がちだが昼頃には晴れ間があり、暖かかった。
はんけち
細やかなかやつり草に縁どられその片端に赤蜻蛉二つ
あれあれ見たか/あれ見たか/二つ蜻蛉が草の葉に/かやつり草に宿をかり……
初路の死。あやまったとは思ひしがあはれなりけり清らかにして
盂蘭盆の夜が更け初路の墓の前あはれ陰々と鬼気迫るもの
『孟子』万章章句上123-2 帝、其の子九男二女をして、百官・牛羊・倉廩を備へ、以て舜に畎畝の中に事へしむ。天下の士、之に就く者多し。帝将に天下を胥ゐて、之を遷さんとす。父母に順はれざるが為に、窮人の帰する所無きが如し。天下の士之を悦ぶは、人の欲する所なり。而も以て憂ひを解くに足らず。好色は人の欲する所なり。
帝の二女を妻とすれども、而も以て憂ひを解くに足らず。富は人の欲する所なり。富天下を有てども、而も以て憂ひを解くに足らず。貴きは人の欲する所なり。貴きこと天子と為れども、而も以て憂ひを解くに足らず。人之を悦び、好色・富貴あるも、以て憂ひを解くに足る者無し。惟父母に順はるれば、以て憂ひを解く可し。人少ければ則ち父母を慕ひ、好色を知れば則ち少艾を慕ひ妻子あれば則ち妻子を慕ひ、仕ふれば則ち君を慕ひ、君に得ざれば則ち熱中す。大孝は終身父母を慕ふ。五十にして慕ふ者は、予大舜に於て之を見る」と。
大孝は終身父母を慕ふ。五十にして慕ふもの大舜を於て知らず
『梁塵秘抄』植木朝子編訳
はかなきこの世を過ぐすとて 海山稼ぐとせしほどに 万の仏に疎まれて 後生わが身をいかにせん
(法文歌・雑法文歌・二四〇)
【現代語訳】はかないこの世を生きていこうとして、海や山で生き物を捉え暮らすうちに、多くの仏に見放されてしまった。来世の自分の身をどうしたらよいのだろう。
【評】生きるために殺生の罪を犯さざるを得ない人の深刻なおののきを歌った一首。『梁塵秘抄』には、「鵜飼」の罪の意識に焦点を当てた今様もある(→三五五・四四〇)。
当該今様では、第三句に表現される多くの仏に見放されてしまったという自己認識が、堕地獄の恐怖をより一層切実なものとしている。
仏に捨てられたことを嘆く今様として、建長六年(一二五四)に成った説話集『古今著聞集』巻八には次のような今様が見える。
過去無数の諸仏にも 捨てられたるをばいかがせん 現在十方の浄土にも
往来すべき心なし たとひ罪障おもくとも 引接したまへ弥陀仏
(過去世の無数の諸仏にも捨てられてしまった身の上をどうしたらよかろう。現在十方の浄土にも往生できるほどの心の修行ができていない。たとえ罪深い私でも、どうぞ来世は極楽へお連れください、阿弥陀仏よ)
仁和寺の覚性法親王に千手という寵童がいたが、新しく参った三河という優れた童におされ、やや影が薄くなってしまった。人に合わせる顔がないと思ったためか、千手は退出して、長い寺に参らなかった。ある日、酒宴が催され、笛や今様が得意であった千手が特に呼び出された。そこで千手が歌ったのが先の今様である。ここでは、「過去無数の諸仏にも 捨てられたる」に、覚性法親王の寵愛が薄れたことを響かせているが、一首全体は、罪深い身が仏に見放されてしまったこと、仏道修行に励むこともなく過ごしてきてしまったこと、それでも阿弥陀仏を唯一の頼りとすること、を歌い、『梁塵秘抄』二四〇番歌と二三五番歌を合わせたような趣になっている。なお当該説話に見られる、仏教的な内容の今様に主人の寵を失った悲しみを込めるという趣向は、『平家物語』の祇王の逸話(→二三二)と重なるもので、両者の何らかの交渉を感じさせる。