金沢最終日、雨。室生犀星記念館、鈴木大拙館、近江町市場、そして帰宅。疲れた。
地の底の沼の鯰が動きだす地表は長き長き地震あり
一度っきりの人生ならば少しばかり巫山戯けるもありそれもよからふ
否、否、否、だめだといふはむすこなり。対座し飲むも久々にして
『孟子』万章章句132-5 孟子曰く、「伯夷は、聖の清なる者なり。伊尹は、聖の任なる者なり。柳下恵は、聖の和なる者なり。孔子は、聖の時なる者なり。孔子は之を集めて大成すと謂ふ。
伯夷・伊尹・柳下恵そして孔子それぞれに聖人なれど孔子格別
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
百日百夜はひとり寝と 人の夜夫は何せうに 欲しからず 宵より夜中まではよけれども 暁鶏鳴けば床寂し (四句神歌・雑・三三六)
【現代語訳】百日百夜は一人寝をしようとも、他人の夫など何としよう、欲しくはない。宵から夜中まではなんとか過ごしたけれど、暁、鶏が鳴くころには、さすがに一人寝の床の寂しさが身にしみることだ。
【評】孤独な夜を過ごす女の、強がりから、やるせなさの表出へ、揺れ動く心を歌った一首。この一首の解釈の上で最も問題になるのは「よづま」という言葉であり、従来、「夜妻」と読んで男の立場の歌と見るか、「夜夫」と読んで女の立場の歌と見るかの二説が提出されてきた。「つま」は夫のことも妻のことも表し得る言葉で、『伊勢物語』には、女の詠んだ和歌として、著名な一首、
武蔵野は今日はな焼きそ若草のつまもこもれりわれもこもれり(武蔵野は今日は焼いてくださるな。私の夫も隠れているし、私も隠れています)があるが、この「つま」は明らかに夫(男性)を表す。ただし「よづま」となると、その用例が示す性別はほとんど女で、「夜夫」ではなく「夜妻」をあてるべきものが圧倒的に多いため、用例からすると前者の説が有力に思える。しかし、男は女のもとに通うことができるが、女は待っているのが基本であった当時の恋のあり方を考える、と、「床寂し」の切実さは女の方がずっと強かったであろう。したがって一首は女の立場の歌と見て、「よづま」は「夜夫」と考えておきたい。なお、「夜」の語は、夜の共寝を意識して添えられた語であって、時には、本妻に対して愛人(隠し妻)といったニュアンスを持つこともある(『蜻蛉日記』など)が、ほとんどの場合、「夜」が付かない「つま」と同義と考えてよい。
時代が遡るが、『万葉集』には、
わが門に千鳥しば鳴く起きよ起きよわが一夜妻人に知らゆな (巻一六)
(わが家の表で多くの鳥がしきりに鳴いています。起きてよ起きてよ、私の一夜夫。人に知られないでくださいな)
という歌が見える。「一夜夫」となると、特定の関係でもないのに、偶然の事情で一夜を共にした相手の男といったニュアンスが強くなるが、人目につかないうちに男を追い返そうとする女の強さが窺われる。神前に奏せられる歌謡として上代から宮廷に伝承されてきた神楽歌にも同想の一首が見える。
鶏は かけろと鳴きぬなり 起きよ起きよ わが門に 夜の夫 人もこそ見れ
(鶏はもう「かけろ」と鳴いてしまったようです。起きてよ起きてよ。私の家の門口で、夜を共にした夫よ、人が見たら大変です)
当該今様で「人の夫なんか欲しくない」と歌う女の強い口吻は、「人に知られないうちに早く帰って」と男を追い出すような『万葉集』や神楽歌の女の口吻と通い合うものではないか。そして、その強さがやがて、「床寂し」という切実な哀感に収斂してゆく点が、この今様の面白さであり、精一杯の強がりから、はからずも心細さを吐露していくところに、女の生な感情があふれている一首と言えよう。