やっと朝から晴れ。
虫けらのやうだと言はれ納得するわれもまた虫けら夕烏鳴く
いつまでもつげ義春はつげ義春。その漫画われには永久なるごとく
『孟子』万章章句下133-5 次国は、地 方七十里。君は卿の禄を十にし、卿の禄は大夫を三にし、大夫は上士に倍し、上士は中士に倍し、中士は下士に倍し、下士は庶人の官に在る者と禄を同じくす。禄は以て其の耕に代ふるに足るなり。
大国に次ぐ国の場合は、方百里に次ぎ方七十里をそれぞれ分かつ
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
君が愛せし綾藺笠 落ちにけり落ちにけり 賀茂川に川中に それを求むと尋ぬとせしほどに 明けにけり明けにけり さらさらさやけの秋の夜は (四句神歌・雑・三四三)
【現代語訳】あなたが大切にしていた綾藺笠が落ちてしまった、賀茂川の中に。それを求めよう尋ねようとしているうちに、明けてしまった、明けてしまった、すがすがしい秋の夜は。
【評】笠をめぐる恋の歌。「綾藺笠」とは、藺草で編んで作った笠。武士が狩や流鏑馬の折に用いたもので、この笠の持ち主は若き武士であるらしい。一首の表面上の意味をとるのは比較的容易であるが、しかし、この笠を探したのは誰で、どのような状況にあり、いかなる心情を歌っているかということになると、実にさまざまな解釈がなされている。
たとえば、女の気に入っている自分の笠を失っては大変、と若き武士が笠を追いかけまわしている、あるいは、実は恋の口説に明けた一夜の譬え歌かとする説(佐藤春夫)、笠は女の譬えで、見初めた女を探し求めて一夜を明かした切ない男の歌かとする説(渡邊昭五)、武士の従者が主君への忠誠心から、徹夜で主人愛用の笠を探し求めたとする説(塚本邦夫)、笠を探すのは若い男女のデートの口実であって、月明かりの河原を二人で語り合いながら明かしたロマンティックな一夜を歌ったとする説(武石彰夫)、その二人は河原ではなく舟上にいて、女は遊女だったのではないかとする説(新間進一)、恋人の笠を保持することによってもう一度その持ち主に逢えると信じた女が一人で懸命にその笠を探し求めたとする説(馬場光子)、笠を探していたので心ならずも来られなかったという男の弁解とする説(浅野健二)、その言い訳を繰り返して、女が男をからかっていると解する説(吾妻寅之進)などなど。
繰り返しを多用する律調はいかにも軽やかで、どことなく滑稽であり、ほのかなからかいの気分が含まれているように思われる。これまでに提出されている説の中では、女のもとを訪ねなかった男の言い訳を、女がからかいながらもう一度繰り返しているというような解釈が最も説得力のあるもののように思われる。そう考えると、女の男に対するさらりとしたからかいが、前歌(→三四二)に見える、男の女に対するいわば粘着質な執着と対照的に配置され、恋歌の配列としても興味深い。