2月3日(火)節分

快晴。朝は寒い。10℃前後にはなるらしい。

老母が語るオーラルヒストリー私は聞かず妻が聴き取る

  戦中・戦後にまたがりて昭和七年生まれ老母の語り

  父と母そのかかはり合ひには興味ある伊勢ニチボーに遭ひたる二人

『孟子』離婁章句上87 孟子曰く、「不孝に三有り。後無きを大なりと為す。舜の告げずして娶るは、後無きが為なり。君子は以て猶ほ告ぐるがごとしと為す」

孟子が言ふ「不孝に三有り。後無きを大なりと為す」子どもがないことが最も不孝

川本千栄『土屋文明の百首』

亡き後を言ふにあらねど比企の郡槻の丘には待つ者が有る 『青南後集以後』

<自分の死んだ後のことを言うのではないが、比企郡の槻の丘には待っている者がいる。>

昭和六十年九十五歳の歌。この前年、埼玉県比企郡慈光寺の墓に妻と長男の納骨を済ませた。前科集では「湖も山谷もさびしき命なきものながら永久に置かむと思へば」と命の無い遺骨でも永久に自然の中に置くのは寂しいと迷っていたが、自身の年齢も考えての納骨だったのだろう。死後の話をしているのではなく今そこに待っている妻子がいる。現実を見つめてきた文明が老齢に至り、亡き人をありありと見るのだ。

何ひとの賜物なりや多く忘れ花咲けば花にただよりてゆく 『青南後集以後』

<どなたの賜物(贈り物)だったか、その多くは忘れてしまい、花が咲けば花にただ寄って行く。>

昭和六十三年九十七歳の作。植物好きの文明のために、多くの知人が草木を贈ったり、家の庭まで植えに来たりしていた。文明は長年、誰々が何々の草木をくれたと細かく歌にしてきたが、その人々は皆、先に逝ってしまった。人は亡くても、花はまた咲く。これは誰がくれた木だったか、と放心した面持ちで、咲く花に近づいて行く老人。「多く忘れ」は老いの無惨だ。四句の「花咲けば花に」の韻律が、孤独に少しの彩りを添えている。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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