今日も晴れ。
篠田一士『傳統と文學』(筑摩叢書)を読んだ。1986年12月20日に出たもので、おそらく古本屋で買ったものと思われる。もともと篠田の文章は好きなのだが、「傳統」の捉え方とともに、この旧漢字によって書かれた文学論は、今読んでも刺激あるものであった。漢字は旧字なのだが、平仮名は新仮名。奇妙な取り合わせが、いかにも篠田らしい。四〇年を経た批評だが、その内容はおもしろいものであった。
横光利一『旅愁』、正宗白鳥、斎藤緑雨、森鴎外の史伝もの、特に『北條霞亭』、幸田露伴『運命』、島崎藤村『夜明け前』、萩原朔太郎『氷島』、本居宣長らを取り上げ、これは示唆的なものを感じた。改めて読み直したい本がいくつもある。
尾道をテーマにしたドキュメントを観た。
尾道はかくもかくもの坂の町。いまのわれには階をのぼれず
アーケード街に蝦蛄売る屋台あちらこちら、蝦蛄旨さうなり。しかし蝦蛄食はず
尾道に石田比呂志が来るさうな誘われたるに、われはゆかず
『孟子』離婁章句下111 孟子曰く、「君子の沢は、五世にして斬え、小人の沢も、五世にして斬ゆ。予未だ孔子の徒為るを得ざるなり。予私かに諸を人に淑くするなり」
孟子が言ふ「生まれるのが遅く孔子の徒たりえず。しかし遺沢を継ぎてよくする」
『梁塵秘抄』植木朝子編訳
静かに音せぬ道場に 仏は花香奉り 心を鎮めてしばらくも 読めばぞ仏は見えたまふ
(法文歌・法華経二十八品歌・法師品・一〇二)
【現代語訳】静かで物音のしない道場で、仏に花や香をお供えし、心を落ち着けてしばらくの間でも『法華経』を読めば、きっと仏はお姿をお見せになるのだ。
【評】『法華経』法師品が説く内容をまとめたものだが、典拠の知識がなくてもすんなりと理解できる法悦の世界を歌う。法師品の偈(詩の形で表現された部分)で「若し説法の人にして独り空閑なる処に在りて、寂寞として人の声なきとき、この経典を読誦せば、われは、その時のために、清浄なる光明の身を現わさん」とする部分にほぼ対応するが、仏をさまざまに供養することについては経本文に「種々に華・香・瓔珞・抹香・塗香・焼香・繪蓋(絹製の傘)・幢幡(旗とのぼり)・衣服・伎楽を供養し、乃至、合掌し供敬せば」と見える。ここに示されている華以下の十種のものを仏に供養する儀式を十種供養と呼び、院政期には盛んに行われた。文治四年(一一八八)、後白河院の行った如法経会(厳格な作法に従って『法華経』を書写供養する法会)は後世の如法経会のモデルの一つになったが、この折にも十種供養が行われている。
厳島神社蔵の国宝『平家納経』法師品見返し絵には、幡や天蓋のほか、鞨鼓、笛、磬などの楽器が色鮮やかに描かれている。華麗な法会を想起させる図柄である。このように、法師品本文から連想される華やかな儀式の有様や、十種供養の流行といった背景を持ちながら、一首はむしろ、壮麗な儀式とは隔たって、たった一人で仏に向き合う静かな空間を描いている。『梁塵秘抄』には、同様の趣を持つ歌は多く、法師品の第一首目は、
寂寞音せぬ山寺に 法華経誦して僧ゐたり 普賢頭を撫でたまひ 釈迦は常に身を護る (九八)
(ひっそりと音もしない山寺に、『法華経』を読誦しつつ、僧は座っている。普賢菩薩は僧の頭をお撫でになり、釈迦如来は常に僧の身を護って下さるのだ)
というもので、『法華経』を読誦する山寺の僧とその身に寄り添っている普賢菩薩釈迦如来の姿を物語的に描いている。また普賢品の一首には、草の庵の静けきに 持経法師の前にこそ 生々世々にも値ひがたき 普賢薩埵は見えたまへ (一六八)
(静かな草庵で、『法華経』を信じ保つ僧の前にこそ、現世でも来世でもなかなかお会いできない普賢菩薩がお姿をお現わしになることだ。
とあって、草庵の僧と普賢菩薩の邂逅を歌う。これらの歌が、主人公として、人里離れた場所で修行する僧を置くのに対し、当該今様は、誰にでも起こり得る奇跡として、仏との出会いを歌っている。仏の姿を目の当たりにすることに対する期待と高揚感に満ちていると言えよう。