曇り。
マンションの間を通るカラスの眼その視界にわれも捉えられたり
まだ暗きに二羽のカラスが通りゆくその黒き眼もわれを捉ふ
声たてず飛ぶ明烏二羽がゆくわれは視てをりその行末を
『孟子』離婁章句下113 逢蒙、射を羿に学ぶ。羿の道を尽して、思へらく、天下惟羿のみ己に愈れりと為すと。是に於て羿を殺せり。孟子曰く、「是れ亦羿も罪有り」と。公明儀曰く、「宜ど罪無きが若し」と。曰く、「薄しと云ふのみ。悪んぞ罪無きを得ん」と。
羿には落度がないやうな。孟子言ふ「軽いかなというだけで罪もあるかな」
『梁塵秘抄』植木朝子編訳
達多五逆の悪人と 名には負へども実には 釈迦の法華経習ひける 阿私仙人これぞかし
(法文歌・法華経二十八品歌・提婆品・一一一)
【現代語訳】提婆撻多は五逆の大罪を犯した悪人として知られているが、本当のところは、釈迦が前世で『法華経』を習った阿私仙人こそが、この達多なのであるよ。
【評】『法華経』提婆達多品前半の内容をまとめた一首。釈迦が過去の世に、王位を捨てて法を求めていた時、阿私仙という仙人がやってきて、「自分の言いつけどりにしたならば『妙法蓮華経』という素晴らしい法を教えよう」と言う。釈迦は喜んで千年の間仙人に仕え、やっと法を得ることができた。その時の仙人が今の提婆達多である。「提婆達多は遠い未来に天王如来という名の仏になるであろう」と釈迦は説いた。
「五逆」は、仏教倫理に背く五つの大罪で、⑴母を殺す(殺母)、⑵父を殺す(殺父)、⑶阿羅漢(修行者)を殺す(殺阿羅漢)、⑷教団を分裂させる(破和合僧)、⑸仏に危害を加えて仏の身体から血を流させる(出仏身血)という五種の行為を指す。『法華経』注釈書『法華文句』によると、提婆達多が犯したのは、①五百人の比丘を誘拐したこと、②大石を投げつけて仏身より血を出させたこと、③阿闍世王をそそのかして酔象を放ち、仏を害そうとしたこと、④華色比丘尼を撲殺したこと、⑤手の指に毒を塗り、仏足を礼することによって仏を害そうとしたこと、の五つである(『今昔物語集』巻一‐一〇話「提婆達多、奉諍仏語」にも同様の五つの行為が記される)が、これは、一般的な五逆罪にあてはめると、殺阿羅漢(④)、破和合僧(①)、出仏身血(②③⑤)の三つの罪に対応しよう。提婆達多は殺母、殺父の罪は犯していないが、ここでは、提婆達多の悪の面を強調するために「五逆」の語を用いたものと考えられる。
提婆達多が極悪人であることは、『法華経』提婆達多品には記されないが、説話や経の注釈書にしばしば見られる。当該今様は、経本文にはない悪の面をあわせ表現することによって、大罪を犯した提婆達多こそ、実は釈迦の師であったのだ、と、一首に劇的な反転をもたらしている。救済から最も遠いところにいるはずの極悪人提婆達多が、釈迦の師であったという輝かしい過去を持ち、釈迦に成仏を保証されたことは、この今様を聞く人々を大いに勇気づけたことであろう。