朝から晴れ。父の墓へ、妻に連れて行ってもらった。
羽咋
寂しげなる折口信夫と春洋の墓。若干の賑やかしにでもなるか妻と吾
春の日にうかれてどこかはなやげど信夫・春洋の沈黙の声
こんなにも明るくはなかつた墓処なり。段まで造るにわれは難儀す
『孟子』万章章句下134 万章問うて曰く、「敢て友に問ふ」と。孟子曰く、「長を挟まず、貴を挟まず、兄弟を挟まず、而して友たり。友なる者は、其の徳を友とするなり。以て挟むこと有る可からざるなり。孟献子は、百乗の家なり。友五人有り。楽正裘・牧仲、其の三人は則ち予之を忘れたり。献子の此の五人の者と友たるや、献子の家を無しとする者なり。此の五人の者も、亦献子の家に有りとせば、則ち之と友たらず。
友たるはその人格を友とせりかさに着たり鼻にかけたりしてはならず
むかし魯の賢人・孟献子大夫の家柄なれど五人の友をもち家柄を忘る
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
明石の浦の波 浦や馴れたりけるや 浦の波かな この波はうち寄せて 風は吹かねども や小波ぞ立つ (四句神歌・雑・三五〇)
【現代語訳】明石の浦の波よ、浦になじんだのだね、浦の波よ。この波は岸に打ち寄せて、風は吹かないけれど、ほら、さざ波が立っているよ。
【評】風光明媚な明石の浦の様子をのびやかに歌った一首。風が吹き波が立つことは、仏教歌謡の中で、しばしば極楽浄土の池の描写として現れる(→一七七)。そのような極楽の風景にも重なるさざ波は、風も吹かないのに立っていると歌う。風が吹かないということで、航海の無事も約束されるような、より穏やかな情景が浮かび上がってくる。一方、さざ波は、しばしば、止むことのない恋心の譬えに用いられる。たとえば、古く、『万葉集』巻四に、
千鳥鳴く佐保の川瀬のさざれ波止む時も無しあが恋ふらくは (大伴坂上郎女)
(千鳥のなく佐保の川瀬のさざ波のように止む時もありません、私が恋しく思うことは)
と見える。こうしたさざ波の例を背景に置くと、浦に「馴れ」るという表現とあいまって、一首にほのかな恋の情趣も漂う。波が裏を慕って寄っていく、いつもいつも、風の吹かない時でさえ、恋心のさざ波が立っている、というように、美しい自然を官能的に把握した歌と見ることができよう。(→一一)