今日は少し涼しいのだ。厚木図書館に鷗外の歌の典拠を探しにいってきた。常磐会の詠草であった。
今夜は七夕、星はみえるだろうか。
電車待つホームに並ぶわかものら携帯扇風機をおほかた鳴らす
ハンディファンをわれも使へばわかものの仲間入りかもこの老耄も
老人にこそハンディファンは必要なり熱中症に死ぬるは老いの軀

今日は少し涼しいのだ。厚木図書館に鷗外の歌の典拠を探しにいってきた。常磐会の詠草であった。
今夜は七夕、星はみえるだろうか。
電車待つホームに並ぶわかものら携帯扇風機をおほかた鳴らす
ハンディファンをわれも使へばわかものの仲間入りかもこの老耄も
老人にこそハンディファンは必要なり熱中症に死ぬるは老いの軀

京都旅の切符をJR海老名駅のみどりの窓口へ取りにゆく。
ペンギンが青空仰ぐやうにして嗽ごぼごぼ口からこぼす
匙加減てふわれには高度なテクニック大さじ、小さじに塩梅測る

台風4号は温帯低気圧に変わったが、今晩から明日にかけて雨が激しくなるらしい。午前中から降りだしている。
台風のさきぶれの雨あかるきに滴々とふるわがさす傘に
いきなりの雨にあわてて傘ひらく風に煽られお猪口のかたち
雨に湿つた空気は老いの体調を狂はせるこの肌のべたつき

今日は朝から雨がふったりやんだりで、おおかた曇り空。下の階でリノベーションの工事がはじまった。暑さはすこしやわらいだようだ。なんだか妙に『方丈記』を読みたくなって、何度目かの通読。短いのだ。こたびは十歳の小童との遊行のくだり、多く天変地異、火災など世の厳しさをつづる『方丈記』なれど、このくだりのみのんびりした穏やかさがあって、心にのこる。
あぢさゐの葉うらに大きなかたつむり雨のしづくに殻のみのこす
この数日猛暑のためかベランダに置く生ごみに小蠅も涌かず
十歳の小童つれて長明どの蝉丸社までさくらたのしむ

午前中、食品の買物に妻の運転でいくつかの店を回ったのち、午後は冷房をかけた部屋にこもる。猛暑なのだ。
赤き葉と濃きみどり葉を写したる色鉛筆画まあまあの出来
干し終へて塩ふく梅をしやぶりしやぶり熱中症を怖れあゆめり

今日も猛暑である。一昨日、昨日と植木屋が入り、マンションの木々はさっぱりした。刈り込みすぎではないかとも思われるが、これも例年のことだ。暑さのせいもあって、ここのところ睡眠状態が悪い。朝には忘れてしまうが、妙な夢をみているようだ。先日は魘されていたと妻に起こされた。
夜のトイレに刻む時計の音あれば吾の肉体も刻まれゆくか
あたらしき榊をかざり老い母はかるく頭を垂れたまひたり

猛暑、午前中すでに36℃。おいおい。梅干し(4日目)完成。今年は60個。少ない。少し干しすぎたかもしれない。午後5時、まだ33℃ある。
ルシア・ベルリン、これまた凄い作家だ。文庫本になっている『掃除婦のための手引書』(岸本佐知子訳)を読んだ。24の短編。数ページの短いものもあるが、全編それこそ人間の存在の重みを伝えて、喜怒哀楽、悲喜こもごもに展開するドラマ。そして卓抜な比喩の数々に圧倒されて、ひどく愉しい読書タイムであった。すでに亡くなった人(1936~2004)であることにも驚いた。「わたしたちは愛し合った。ありとあらゆる怒りと悲しみと優しさが、互いの体を電気みたいにかけめぐった。けっして口に出されることのない、それら。」(「ソー・ロング」)どうですか、この表現。二冊目の作品集『すべての月、すべての年』も出たが、年金生活者としては単行本はつらい。文庫化を待つことにする。
人生には辛さも苦しさもあかるさもこもごもにあるそれこそ人の世
文庫本の帯には奇跡の作家とある知らざりしことをいささか悔やむ
横柄なるしはがれごゑに啼くからす今朝も電柱のてつぺんに鳴く
これもルシア・ベルリンの使った比喩の援用です。
