2022年6月23日(木)

今日も朝から梅雨曇り。

雨あがりのどんみりとした空の下すずめのこゑの木立にひびく

ジーンズに紺のTシャツ。歩みとどめペットボトルを呷り息吐く

新型コロナウィルスは完全に消滅することはないのかもしれない。

うやむやのうちにうやむやに侵されてこの社会やがて滅ぶるものか

2022年6月21日(火)

昨日と同じような梅雨曇り。朝から暑い。午後から雨。

つゆ曇りのをぐらき空に鳴くかはづいづこの蛙かくぐもり鳴ける

五寸ほどの苗田に(かはづ)の鳴く声のすがたみえねどをちこちに鳴く

今年の梅ジュース完成。日本酒の四合瓶に2本と一合瓶一本、これはむすめ用、それに1.5リットルほど。早速飲んでみたが、うん、甘い。

出来立ての梅ジュースをためしに飲んでみる喉ごしさわやかことしの出来よし

梅ジュースが出来ればいよいよ夏がくることしの夏はいかなる夏か

2022年6月20日(月)

朝から暑い。曇っているのだが今日は30℃になるらしい。

昨日、息子は結婚届を船橋市の役所に提出したはずだ。

あたらしきカップルの誕生をことほぎて酒をしつらへ盃をあぐ

さねさしさがむけふも曇天。早苗田に雨ふる日々のいまだ寡なし

水田(みづた)には鴨二羽遊ぶ。三寸余の苗のあひだを波紋ひろげて

2022年6月19日(日)

梅雨のさなかにもかかわらず、まあ良い天気だ。

李琴峰『ポラリスが降り注ぐ夜』が文庫になったので早速読んだ。これが凄い小説だった。新宿二丁目を中心にした性の多様性の物語だが、そんなに容易いものではなかった。レズビアン、トランスジェンダー、アロマンテック/アセクシャル、バイセクシャル、パンセクシャル……知らぬことが多すぎる。それらの人間たちの生死を分かつような葛藤が涙ぐましいほどの濃度をもって描かれる。ときにほんとうに涙を滲ませている自分を発見する。ひよっとすると今年一番の本になるかもしれない。呉明益『歩道橋の魔術師』もそうだったが、台湾にかかわる小説家の力を感じさせる。

性のこと、そのむづかしさ。生きがたきおもひありしに、泣けてくるなり

部屋の中をコバエが飛ぶ。

わが家の裏のベランダに置く(なま)(ごみ)コバヘたかりて腐臭を放つ

コバヘをたたきつぶさん。逃げまどふ虫との激闘 夏がはじまる

2022年6月18日(土)

今日もぐずぐずした日である。ただ雨はふあない。礼服を作りに海老名の青木へ。久しぶりに黒服新調だ。

この鷺もいにしへを恋ふ鳥ならむ白きつばさを大きくひろげ

夏つばきの花はたちまち腐れ落つそのいくつかの花を拾へり

枝豆の頭と尻を切り落とす夏の愉楽のやうやうきたる

2022年6月17日(金)

薄曇りがつづき、じめじめとしいている。雨はふらないが、梅雨なんだな。

森鷗外『大塩平八郎』(岩波文庫新版)読了。「護持院原の仇討」、表題作、「堺事件」、「安井夫人」の四編の歴史小説が収められている。いずれも既読のものだが、あらためて、その明朗な文体に感心。「平八郎の思想は未だ醒覚せざる社会主義である。」「平八郎は哲学者である。しかしその良知の哲学からは、頼もしい社会政策も生れず、恐ろしい社会主義も出なかったのである。」(「大塩平八郎」附録)

また、「堺事件」からは、切腹の一番手になった箕浦猪之吉の辞世の詩を記憶しておきたい。「妖氛(ようふん)除却(じょきゃく)して国恩に答ふるに/決然 ()(じん)(げん)を省みる()けんや。/()だ大義をして千載に伝へしめば/一死 元来 論ずるに足らず。」最後の武士の潔さであろう。

大塩平八郎の乱の粗さゆゑか覚醒せぬ社会主義と森鷗外説く

文体の平明をこそ鷗外の歴史小説ここち良きなり

「一死、元来 論ずるに足らず」箕浦猪之吉辞世の詩なり