2022年3月25日(金)

ちくま日本文学『岡本かの子』を読みきった。「老妓抄」や「家霊」は、以前読んでいたが、「金魚繚乱」をはじめ未読のものが多く、楽しい読書であった。中では「河明り」「雛妓(すうぎ)」、「みちのく」などが良かった。執拗なまでの形容、比喩を重ねた妙にねちっこい文体ながら、心地よい文章の流れがあり、岡本かの子がただものではないことを、あらためて認知した。

年々にわが悲しみは深くしていよよ華やぐいのちなりけり かの子

人類の滅ぶる朝も木蘭は白き花着け陽を浴びてゐむ

秋田の伯母、父の姉の死が伝えられた。97歳。

みちのくの春に先だち九十(ここのそ)()七つの伯母の逝きたまひけり

2022年3月23日(水)

結婚をしたのは1986年の今日であった。今年で36年。思えば遠くまできたものだ。あの日は春の雪で、多くの交通が途絶し、都会の雪への弱さを露呈した日でもあった。わたしも小田急線が停まり、ずいぶん遅れて式に参加した。ひどい日であったが、楽しい記憶の一齣である。あれから36年、妻には感謝の一言しかない。

廊下のかどに立つてゐるのは戦争か怒りもて憂ひもて()(クラ)(イナ)おもふ

戦争が廊下の奥に立つてゐる 渡辺白泉

鴨どりのまだゐる川の流れには淵に淀みあり深みに誘ふ

2022年3月22日(火)

妻の3回目のコロナウィルスの予防注射につきあって国分寺台の個人病院へ。その足で町田の小田急へ出かけ、春物のジャケットを買う。終始冷たい雨の中。帰りの電車では相模大野あたりは雪がふっていた。海老名は雨。

桜かくしの雨ふる町をバスに行くゆられて窓に枝にちかづく

枝、枝にさくらのつぼみふくらみて雨にけぶれり少しく赤く

2022年3月21日(月)春彼岸

掃苔に墓苑へ。さすがに彼岸の日、それなりに人がいた。皆老人だ。私どもも90の母と61の妻、そして65のわたし、じゅうぶん老人のなかまであった。

海棠の小さき木にも春がくる赤き莟の風にゆれをり

いつのときも心に歌を鳴らしをりこよひは哀歌(エレジー)さびしき調べ

2022年3月20日(日)

26年前の3月20日未明、今泉重子さんが自裁した。半年前にクモ膜下出血のため亡くなった恋人の後を追った。重子さん27歳。若い死であった。重子さんもその婚約者もわたしの親しい歌友であった。重子は「かさね」と読む。そのお父さんの命名である。芭蕉の『奥の細道』に同行した河合曽良の「重とは八重撫子の名なるべし」を踏まえた愛嬢への命名であった。それにちなんで今日を「なでしこ忌」とする。

生きてあらば五十路のきみと茶を喫すほのぼのとした春もあるべし

木蘭の花咲く枝を仰ぎをりああ若き日のままにきみは笑ふ