4月23日(木)

今は曇っているが、雨。

チョン・ボラ『呪いのウサギ』(関谷敦子訳)を読み終えた。これは怖いし、巧妙だ。ミステリーというよりホラーだ。どれも怖い。最後の二編には、救いがあるような、ないような。微妙なとこだが、それ以外は残酷なほどの恐怖。呪いのウサギはかじってくれる。排泄物は話しかけてくる。キツネは黄金の血を流す。どれも破格な脅威を与え、凄いけれど、恐い。

  千里(ちり)(はま)の砂地濡れたるドライブウェイ波白く寄す海荒き日

  見わたせば桜の花木いく本か満開に散る七尾線を返る

  聞き覚へのある宇野(うの)(け)といふ駅を通過する。西田幾多郎のことなど思ひ

『孟子』万章章句下135-2 万章曰く、「今、人を国門(こくもん)の外に(ぎよ)する者有りとせん。其の交はるや道を以てし、其の(おく)るや礼を以てせば、斯ち禦を受く可きか」と。曰く、「不可なり。康誥(かうかう)に曰く、『人を(くわ)(さつ)(ゑつ)し、(びん)として死を畏れざる、凡民(ぼんみん)(にく)まざること(な)し』と。是を教ふるを待たずして誅する者なり。殷は(か)に受け、周は殷に受け、辞せざる所なり。今に於て烈と為す。之を如何ぞ、其れ之を受けん」と。

  平気な顔して死罪を恐れぬ悪感は議論の余地なく死罪にすべし

     *

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

鵜飼(うかひ)はいとほしや 万劫(まんごふ)年経る亀殺し また鵜の首を(ゆ)ひ 現世(げんぜ)はかくてもありぬべし 後生(ごしよう)わが身をいかにせん  (四句神歌・雑・三五五)

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鵜飼は悔しかる 何しに急いで漁りけむ 万劫年経る亀殺しけむ 現世はかくてもありぬべし 後世(ごせ)わが身をいかにせんずらむ  (四句神歌・雑・四四〇)

【現代語訳】鵜飼はかわいそうなことだよ。鵜の餌に万劫も長生きをする亀を殺し、また鵜の首を縄でしめては鮎を吐かせて。現世はともかくも過ごせよう。しかし来世の自分の身をいったいどうしようというのだろう。

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鵜飼は残念なことだ。どうしてあくせくと漁をしたのだろう。なぜ万劫も長生きする亀を殺したのだろう。現世はともかくも過ごせよう。しかし来世の自分の身をいったいどうしようというのだろうか。

【評】生活のために殺生の罪を犯さざるを得ない鵜飼の嘆きを代弁した歌。鵜飼は、鵜を飼いならして魚(主に鮎)をとらせる人。鵜が魚を丸呑みする習性を利用して、首を縄でしばり、舟から放って魚をとらせる。頃合いを見計らって、鵜を舟に引き上げ、たまった魚を吐き出させる。効率をあげるため、漁は、魚の動きの鈍くなる夜に行った。

「万劫」の「劫」は仏教語で、測ることも数えることもできないほどの長い時間の単位。「万劫」は途方もなく長い年月を表す。それほどに長生きをする亀を殺し、鵜を酷使し、魚をとらえるという幾重もの罪を犯す鵜飼は、地獄へ堕ちるほかはない。その運命を憐れむ歌であるが、他人事として突き放すのではなく、鵜飼に寄り添い、「わが身」のこととして引き受けていくような表現になっている。なお、亀を鵜の餌にすることは、『平家物語』巻六「祇園女御」の章段に、山陰中納言の北の方が、「桂の鵜飼が鵜の餌にせんとて亀をとつて殺さんとしける」のを見て、小袖と引き換えに亀の命を助けたという話に見えるので、当時は一般に行われていたものらしい。江戸期にはスッポンを食べさせたという記録があるが、スッポンが減少してからは、フナ、ナマズ、ドジョウが本餌となったという。こうした鵜の餌としての亀を取り上げる点には、漁の実際に興味を寄せる今様のあり方が窺えよう。

今様以前の和歌において、鵜飼はさほど詠まれていないが、詠まれる場合には、舟 にともした篝火の美しさを称賛することがほとんどであった。

大堰川浮かぶう鵜舟の篝火におぐらの山も名のみなりけり (『業平集』)
(大堰川に浮かぶ鵜舟の篝火はまばゆく輝き、薄暗いという名の「小倉(暗)」の山も、名ばかりで、辺りは煌々と明るいことだなあ)

夕闇の鵜舟にともす篝火を水なる月の影かとぞ見る (『赤染衛門集』)
(夕闇の鵜舟にともした篝火を、水に映った月の光かと見たことですよ)

しかし、今様の流行した平安時代末期から鎌倉時代初期にかけて、鵜飼人が来世に受けるべき報いを詠む和歌が集中的に現れる。

早瀬川みをさかのぼる鵜飼船まづこの世にもいかが苦しき(『千載和歌集』崇徳院)
(速い流れの川の水脈をさかのぼって漁をする鵜飼舟。罪の報いを受けて来世で苦しむのに先立って、まず現世でもどんなにか苦しいことだろう)

後の世を知らせ顔にも篝火の焦がれて過ぐる鵜飼舟かな (『六百番歌合』藤原有家)
(後世で地獄の業火に焼かれる苦しみを知らせるかのように、篝火が燃えこがれて過ぎていく鵜飼舟よ)

風景としての鵜飼ではなく、鵜飼人の罪業を見据えた和歌が詠まれ始めた頃、鵜飼の摘み深さを歌う今様も作られた。その今様がまた契機の一つともなって、殺生戒を犯す存在としての鵜飼が和歌の中に頻繁に現れる一時期が到来した。鵜飼は、堕地獄の恐怖を身近に感じる人々にとってまさに「わが身」と一続きの存在であった。生きるために罪を犯さねばならなかった者の代表者として、鵜飼は深い歎きの中に歌われたのである。

室町時代に至って、鵜飼を主人公とした能「鵜飼」が作られた。能「鵜飼」では、旅の僧の前に、殺生禁断を犯して処刑された鵜飼の亡霊が現れ、漁のありさまをを見せて闇に消えてゆく。

仏教的罪業の認識に責められ、わが身を嘆く能の鵜飼は、最終的には仏の救済を得て、極楽に生まれ変わる。しかし、今様に歌われた鵜飼は、生きるためにひたすら漁を続け、地獄に堕ちる運命をただ見つめるばかりなのであった。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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