細かい雪が降っている。昼過ぎには激しくなる。選挙、期日前投票に行ってきた。
やうやくに快速急行に乗り換へて新宿までは無事に着きたり
新宿駅南口に上がり左手へ路上のエスカレーターにて下へ降りる
そこからはほぼまっすぐに紀伊国屋本店を目指し歩くのみな
『孟子』離婁章句下91 子産、鄭国の政を聴き、其の乗與を以て、人を溱洧に済せり。孟子曰く、「恵なれども政を為すを知らず。歳の十一月には徒杠成り、十二月には與梁成らば、民未だ渉るを病まざるなり。君子其の政を平らかにせば、行きて人を辟けしむるも可なり。焉んぞ人人にして之を済すを得ん。故に政を為す者は、人毎にして之を悦ばさんとせば、日も亦足らず」と。
孟子言ふ政を為さんとするは大局を心がけ一人一人み満足せず
『梁塵秘抄』植木朝子編訳
そよや 小柳によな 下がり藤の花やな 咲き匂ゑけれ ゑりな 睦れ戯れや うち靡きよな 青柳のや や いとぞめでたきや なにな そよな (古柳・一一)
【現代語訳】そよや、小柳にね、からみついて下がった藤の花がね、美しく咲き匂っているよ、ほら、楊と藤が仲良く戯れて、ね、風に靡いているよ、青柳のね、糸みたいな枝はとても素敵だよ、そら、全くね。
【評】「古柳」というジャンルに分類される一首。「古柳」は、今様の中でも高度な技術が必要とされた難曲であったらしく、『梁塵秘抄口伝集』巻一〇には「沢に鶴高く」という「古柳」の歌い方について、議論のなされた様子が記されているが、「古柳」として歌詞が伝わるのはこの一首のみである。同じく『口伝集』巻一〇には、仁安四年(一一六九)、四十三歳の後白河院が熊野本宮で、「古柳「下がり松」」を歌ったことが記される。これが当該今様に当るのであろう。「古柳」は、神に奉納するにふさわしい大曲だったらしい。「そよや」「ゑりな」「や」「なにな」「そよな」と囃し詞が多用され、そこに音楽的特徴があった可能性も考えられる。
さて、当該今様は柳と藤のとのからみ合いを歌うが、(略)柳と藤を取り合わせたことは、文学的伝統上には意表をつくものである。さらに当該今様は、美しい晩春の風景を描写するのみならず、「睦れ戯れ」の語によって、男女の愛撫、抱擁の様を重ねて表現しているものと考えられる。両者の密着性がより高くなるようなしなやかな姿態を持ち、またそれ自体が性的魅力の比喩ともなる柳(柳腰、柳眉など)が選ばれたことで、一首の官能的趣は一層濃厚になっていよう。「いとぞめでたき」の「いと」は柳の細くしなやかな枝を糸にたとえるのと同時に、大変に、の意味の「いとぞ」との掛詞になっている。
こうした自然の官能的把握ともいうべきものは、今様の特徴の一つと言い得る。