4月4日(土)

今日は雨らしいが、朝はまだ曇っている。

  死者のこと思へば少し生き易きあの山越えて光の国へ

  わが脈拍は時計の針の如くにて時を刻めりやがて終焉(おはり)

  かくもかくも暴力に満つるこの世にてわれもまた加担する時やある

『孟子』万章章句上130-2 孔子 魯・衛に悦ばれず。宋の(くわん)司馬(しば)が将に要して之を殺さんそするに遭ひ、微服して宋を過ぐ。是の時孔子、(やく)に当れり。(し)(じやう)貞子(ていし)が、陳候(ちんこう)周の臣と為れるを主とせり。吾聞く、『近臣を観るには、其の主と為る所を以てし、遠臣を観るには、其の主とする所を以てす』と。若し孔子にして癰疽と侍人瘠還(せきくわん)とを主とせば、何を以て孔子と為さんや」と。

  たとへば孔子が癰疽(ようしよ)と侍人瘠還(せきくわん)てう寵臣に頼れば孔子ならず

    *

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

峰の花折る小大德(こだいとく) 面立(つらだ)ちよければ(も)袈裟(げさ)よし まして高座に上りては (のり)の声こそ尊  けれ    (四句神歌・僧歌・三〇四)

【現代語訳】峰の花を折っている小大徳、顔だちもいし、裳や袈裟もほれぼれする。まして高座に上がった時は、説教の美声が本当に尊く聞こえることよ。

【評】若く美しい僧に対する関心を率直に歌った一首。「大徳」は高徳を備えた人の意で、僧に対する敬称。ここは「小大德」で年若い僧を表す。「裳」は腰に着用する衣、「袈裟」は僧服で左肩から右脇下にかけて掛けるもの。

鎌倉時代前半に成立した説話集『宇治拾遺物語』一七五話には、文殊菩薩が「小大德」の姿で現れるという描写があり、同じ人物が「小僧」とも呼ばれている、当該今様の「小大德」の語は、少年のように見えるほどの年若さを提示しているのである。「峰の花折る」は仏に供える花を折っていることを表すが、少年のように若く、姿も声も美しい僧が花を手折る様子は、官能的な連想をも誘う。僧が花のように美しいことを示すと同時に、「花を折る」とはしばしば、男性が女性を得ることの比喩になるからである(→四五一)。僧の魅力に心ときめかせている聴聞の女人たちは、自らがあたかも折られた花々のようでもある。和泉式部との恋愛説話で有名な道命(→一五)も、「経をめでたく読み」(『宇治拾遺物語』一話)、「その声微妙にして、聞く人皆、首を低け貴ばずと云ふ事無し」(『今昔物語集』巻一二-三六話)という美声の持ち主であった。和泉式部も伝承の中で、美声の僧に手折られた一輪の花だったと言えようか。

『枕草紙』には「説教の講師は顔よき。講師の顔をつとまもらへたるこそ、その顔をじつと見つめて説教を聞くから、教えの尊さもおぼゆれ」とあり、説教の講師は顔が美しければこそ、その顔をじっと見つめて説教を聞くから、教えの尊さも身にしみるといっており、美貌の僧への熱いまなざしが普遍的なものであったことを窺わせる。ただし、『枕草紙』が、講師の顔かたちが説教を左右するといった不謹慎なことは仏罰が恐ろしいので書き続けるまい、として途中で書き止めているのに対して、当該今様はより一層大胆な心情吐露になっていると言えるだろう。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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