朝は雨あがりか、地上が濡れている。しかし晴れ。そして寒い。
今村翔吾『イクサガミ人』、三巻目だ。終わると残り九人。いやいや剣戟の争い、武士の終焉を彩る戦い圧倒的だ。何度も巻を置き、ハラハラ、ドキドキしながら読み終えた。
正一位三限六足の狐殿小さき社に華奉る
ただ祈るは世界に戦乱なきことを狐に祈れどせんなきものを
どこにでもだれにでも祈るこの地球上に戦ひ無きを
『孟子』離婁章句下95 孟子曰く、「非礼の礼、非義の義は、大人為さず」
礼に似て真の例ではないことと非義の義こそは大人なさず
『梁塵秘抄』植木朝子編訳
釈迦の正覚成ることは このたび初めと思ひしに 五百塵点劫よりも 彼方に仏と見えたまふ (法文歌・仏歌・二二)
【現代語訳】釈迦が悟りを開かれたのは、このたびが最初であると思ったが、実は五百塵点劫よりも遥か昔に仏と成られて現れたのである。
【評】『梁塵秘抄』巻二の巻頭歌。『法華経』如来寿量品によると、諸菩薩に対して釈迦は次のように語ったという。世間では釈迦は王宮を抜け出して伽耶の町の近くで悟りを開いたものと思っている。しかし実は私が成仏したのは、遥かに遠い過去のことであり、それ以来、常にこの娑婆世界にあって説法を続けているのである、と。「五百塵点劫」は教本文にはない言葉であるが、釈迦が成仏してからどれほどの時が経ったかを譬えて、五百千万億那由他阿僧祇(極大の数)の三代世界を砕いて微塵とし、五百千万億那由他阿僧祇を過ぎる毎に一塵を下ろして行ったととして、その微塵が尽きる時間でさえ到底及ばないとする寿量品の内容に基づいている。気の遠くなるような長い時間であるが、この語に含まれる「塵」は、書名の「梁塵」を連想させ、巻二の冒頭に置かれるにふさわしい一首と言えよう。巻一の冒頭も「そよ 君が代は千代に一度ゐる塵の 白雲かかる山となるまで」(一)の長歌で、「塵」の語を含む祝言である。