2月13日(金)

曇りから晴れへ。

一階の共同ポストへ何度もゆく今日は手紙の一通もなし

  たのしみの一つはポストにハガキ・封書・郵便パックいつぱいの時

  声あげて出してくれぇ開けてくれぇと叫びたるポストに郵便重なりし時

『孟子』離婁章句下96 孟子曰く、「中や不中を養ひ、才や不才を養ふ。故に人、賢父兄有るを楽しむなり。如し中や不中を棄て、才や不才を棄てなば、則ち賢不肖の相去ること、其の間寸を以てすること能はず」

  孟子言ふ徳あるもの才あるものを見捨てなば一寸二寸どころではない

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

仏は常にいませども 現ならぬぞあはれなる 人の音せぬ暁に ほのかに夢に見えたまふ(法文歌・仏歌・二六)

【現代語訳】仏はいつもおいでになるが、はっきりとお姿が見えないことこそ、しみじみ尊く思われることよ。人の物音のしない暁に、ほんのり夢に現れなさる。

【評】静けさに包まれた暁、夢に出現するかすかな仏の姿を捉えた一首。第二句「あはれなる」については、しみじみ尊く思われる。悲しいことと嘆かれる、の二様の解釈がある。法文歌においては、「竜樹(りゆうじゆ)菩薩(ぼさつ)はあはれなり 南天竺(なんてんぢく)の鉄塔を (とぼそ)を開きて秘密教を 金剛薩埵(こんがうさた)に受けたまふ」(四二)、「弥勒菩薩はあはれなり 天人(てんにん)大会(たいゑ)の前にして 昔の仏の有様を 文殊に問ひつつ説いたまふ」(六一)、「法華経聞くこそあはれなれ 仏もわれらも同じくて 平等大慧摩(びょやうどうだいゑま)(に)(ほう) 末の枝とぞ説いたまふ」(八一)、「大目連(だいもくれん)(ら)はあはれなり 多くの仏に参り会ひて 供養して最後の(しん)なせば 浄土の蓮にぞ上るべき」(八三)のように、まず仏・菩薩や経、修行者の尊いことを讃美して、その尊さの内容を説明していく形式が多いので、当該今様においても、まずは尊さを捉えたものと見たい。

神仏が夢の中に現れることは、『更級日記』(阿弥陀仏が庭先に立って「後に迎えに来よう」といった夢を見る)や『今昔物語集』巻一五-四〇話(尼・釈妙の夢にしばしば仏が出現し、極楽浄土に迎えとるために釈妙を守護していることを述べる)などに見え、『石山寺縁起絵巻』や『春日(かすが)権現(ごんげん)験記(げんき)(え)』などの絵巻物などに描かれて、当事者の感激が記されることが多いが、一方、現実に、生きた仏の姿を見ることへの望みもまた切なるものがあった。たとえば、建長四年(一二五一)に成立した説話集『十訓抄』三-一五には、次のような説話が見える。

書写山の性空上人が、生身の普賢菩薩を見たいと願ったところ、夢告を受け、神崎の長者(遊女を統括するかしら)ところでを訪ねる。長者は酒宴で次のような今様を歌っているところであった。

周防室積の中なるみたらひに 風は吹かねども ささら波立つ
(周防室積の御手洗の井に、風も吹かないのにさざ波が立つよ)

目をつぶって聞いていると、遊女は樹玄菩薩の姿となり、今様は

実相無漏の大海に 五塵六欲の風は吹かねども 隨縁真如の波立たぬ時なし
(真実清らかな広い海に、煩悩欲望の風は吹かないけれど、縁に従って、悟りの波が立たないことはないのだよ)

と、仏法の真理を説くように聞こえる。目を開いてみると、もとの遊女であり、もとの今様である。やがて性空上人は帰途につくが、追って来た遊女は今見たことを誰にも言わぬよう口止めすると、そのまま息絶えた。素晴らしい香りが空に満ちて、遊女の往生を知らせていたが、一座の者も上人も悲しみの涙にくれた。
ここでは、遊女がすなわち生身の普賢菩薩であったが、上人がその姿を見たのは目をつぶって今様を聞いていたほんの一瞬であった。そのはかなさ故に、一層尊い奇跡であった。当該今様もそうした一瞬を切望する人々の信仰を深く捉えており、幽遠静寂の趣に満ちた秀作と言えよう。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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