朝から晴れて、温かくなるそうです。
「あれ、蜻蛉が」お米膝つき手を合す裏の山には風が通る
裏山の風一通り赤蜻蛉静と動いて女の影……二人
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泉鏡花の幽霊譚を読みたるに味はひ細やかに清らかなりき
『孟子』万章章句上124-2 万障曰く、「父母舜をして廩を完めしめ、階を捐つ。瞽瞍廩を焚く。井を浚へしむ。出づ。従つて之を揜ふ。象曰く、『都君を蓋することを謨るは、咸我が績なり。牛羊は父母、倉廩は父母。干戈は朕、琴は朕、弤は朕、二嫂は朕が棲をむを治めしめん』と。象往きて舜の宮に入る。舜牀に在りて琴ひけり。象曰く、『鬱陶として君を思ふのみ』と。忸怩たり。舜曰く、『惟れ玆の臣庶、汝其れ予に于て治めよ』と。識らず、舜は象の将に己を殺さんとするを知らざるか」と。曰く、「奚ぞ知らざらんや。象憂ふれば亦憂へ、象喜べば亦喜ぶのみ」と。
『梁塵秘抄』植木朝子編訳
近江の湖は海ならず 天台薬師の池ぞかし 何ぞの海 常楽我淨の風吹けば 七宝蓮華の波ぞ立つ
(四句神歌・神分・二五三)
【現代語訳】琵琶湖はただの、湖ではない。比叡山薬師如来の池なのだよ。どのような湖か。常楽我淨の風が吹くと、七宝蓮華の波が立つのだよ。
【評】琵琶湖を薬師如来の池と見立てた一首。「神分」(神々を題材とする歌)に分類されているが、神仏習合(日本古来の神信仰と新たに伝来した仏教信仰との融合現象)が進んでいた時代にあっては、神と仏のとの明確な区別はなく、当該今様は、天台山すなわち比叡山の根本中堂の本尊である薬師如来を意識したものになっている。南北朝時代ごろまで延暦寺の記録『山門堂舎記』によれば、延暦七年(七八八)、最澄が比叡山に小堂を立てて、自作の薬師如来を安置したのが始まりであった。
「海」は海洋に限らず、湖沼などを含んで広く水をたたえている場所を指す。
「常楽我淨」は悟りの境地を表し、永遠不変(常)であり、苦を離れて安楽であり(楽)、他に縛られることなく自在であり(我)、煩悩を離れて清浄である(淨)こと。千観(九一八~九八四)作『極楽国弥陀和讃』に「八功徳水池すみて 苦空無我の波唱へ 常楽我淨の風吹きて」とあるのをはじめとして(→一七七)、仏教歌謡の世界では類例が多く、常套的な表現であったことが確認できるが、当該今様は現実世界の広大な琵琶湖を浄土の池と捉えてみせる点で、実感を伴った壮大さ持っていると言えよう。きらいらと輝く波を、七宝(→一〇六)でできた蓮の花びらと見る譬えも美しく、瑠璃(光沢のある青い宝石。ラピスラズリ)から出来ているという薬師如来の浄土(→三四)にいかにもふさわしい。