今日も暑い・あついのだ。
親指の爪を伐るときふとうかぶわたしもかつてはもののふならむ
奈良一文字に買ひきたる爪切を愛す武器のかはり
武器の代りを手にもてあそぶ爪切は刀鍛冶がうつ灼熱の塊り
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『孟子』尽心章句上207 曰く、「は曰く、『、にれしめず』と。をにせしに、民大いに悦べり。太甲賢となる。又之に反せしに、民大いに悦べり。賢者の人臣るや、其の君賢ならざれば、則ち固より放す可きか」と。孟子曰く、「伊尹の志有らば、則ち可なり。伊尹の志無くば、則ちふなり」と。
孟子がいふ「伊尹の志があればよし、無ければそれは簒奪ならむ」
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相馬御風編注『良寛和尚歌集』
秋雨の日に日に降るにあしびきの山田のをぢはおくて刈るらむ
【語義】「日に日に」は「来る日も来る日も」または「毎日」の意。〇「あしびきの」は「山」の枕詞。〇「をぢ」は「老翁」。〇「おくて」は「晩稲」。
【評言】この歌も前に掲げた「足引の山田のをぢが日めもすに……」の歌と同じように農人の労苦を思いやって詠んだのである。毎年のことではあるが、越後では到るところの農村で雨の為に晩稲を刈り乾す日の少いのを嘆ずる人々の声を聞く。世離れた山中に孤住していた良寛にも、そうした農人たちの身の上が来る日も来る日も雨の降るにつけてしみじみ思いやられたことであろう。晴れる日を待ち得ないところから、雨の中をも厭わずに山田の晩稲を刈っている農夫の姿、それに想像を浮べながら山中の庵に秋雨の音を聴いていた孤独な老法師――この歌はそうした二重の意味で私の心を惹く。