1月
1月1日(水)
いくそたび危地にふれしも生き延びて今年の年酒『晴雲』に酔ふ
ひよっとこの仮面に手足動かしてひょっとこになるわれならなくに
お多福の仮面かぶりし妻ならむその顔いきいきと阿亀の踊り
1月2日(木)
戦争好きはこの人類のものなるかロシア、イスラエルまず滅ぶべし
一向に戦ひやまざるウクライナお互ひに負けたることを知らず
ガザ地区をかくも無惨に破壊してイスラエルよいい気なもんだ
1月3日(金)
無謀なる神仏分離令の解釈を良しとしたるか水戸、そして薩摩
忖度は碌なこと無し各地区に仏像、寺院建築毀釈されたり
仏像は信者が隠しほとぼりのさめたるときに直されてゆく
1月4日(土)
晩餐会はあんたの花道、幾億光年はいよろこんで
神田川になごりの雪のぽつりぽつり寂しきときのすぎとすらむ
冬日差しながくのびたるこの日暮れなにごともなく一日すぎたり
1月5日(日)
赤いポスト一本足に立ちたるにここより異界かポスト跳び飛ぶ
まだ少し葉の残りたるあけぼの杉朝のひかりに照らされてゐる
けやき樹はとうに少しの葉は落ちて死にたるか洞の穴深くして
1月6日(月)
大山に雲かかりたる睦月三日寒げなり空は重し
大山は動かぬところ穏やかなり木々も動かず一月の空
ことしこそまあまあ穏やかであればよし日々戦乱の報ぞなければ
1月7日(火)
ひよっとこの仮面をかぶりひょっとこになれば踊らむひょっとこひょっとこ
ひょっとこの群舞もあらむやかましくひょっとこ叫び踊りつづける
ひょっとこは火男ならむ風呂焚きに火を吹く男剽軽なりき
1月8日(水)
菓子箱に入りたる小さなシリカゲル腐らせないぜ自信もつゆゑ
シリカゲル手に握りしめおのが尻日影に置きてこれぞ尻翳る
あけぼの杉の冬木になる前のなんとなく無様な態の木影に隠る
1月9日(木)
朝明けのひむがしの空にわだかまる雲桃色にしばし輝く
いつのまにか桃色うせてだいだい色に雲棚引けり東南の空
いまは晴れて雲少なきにゆつくりと雲が覆ふ雨ふるらむか
1月10日(金)
ほどもなく降りだしさうな曇天にわづかにひかり射すわが在るあたり
曇天を歩きだしたるその後を冬の雨ふるわれら追ひこし
傘をさせばポロリポロロン鳴り出して蝙蝠傘もたのしきろかも
1月11日(土)
北前船の寄する港に行きたしとおもふときあり曇天の朝
久々の雨の暗さに寂しげにうなだれかかるをみなありけり
うるほひは土地にありしか地の野菜乾けるがすこし息づく
1月12日(日)
冷たき冬のひかりに照らされてまだきぶざまなりあけぼの杉は
沙羅の木は枝に鋭き芽をつけて伯爵夫人のごとき気高さ
海棠も冬の枝枯れみすぼらしき春を待つこと愛らしきかも
1月13日(月)
やうやくにあけぼの杉の簡浄に冬の木となる枝の葉落とし
冬の木は枝のみ残すあけぼの杉朝の日透し明るみてくる
あいかはらず石榴のひと木は不自然なくねるやうな幹日にさらしをり
1月14日(火)
初参りは土地の女神の古社『延喜式』に載る相模のやしろ
里宮に中つ宮、そして奥宮の三社を備へし古き社ぞ
大木のけやき数本が境内にそそり立ちたる古きやしろ
1月15日(水)
光州事件を弔ふ霊のごときもの変はるがはるにこの世に嘆く
光州事件の死者を忘れてはならないとハン・ガンは言ふ押しつけないで
あれやこれや光州事件の波紋ありその影いつまでも忘れてはならぬ
1月16日(木)
ビン・缶を棄てにゆくにはまだ闇くひそみ咲きたる山茶花の白
暁闇のしづけさにひそむわれの息おのづから白く顔にまつはる
山茶花の白き花赤き花に誘はれこの道ゆかば黄泉の坂かも
1月17日(金)
龍の口からにじり出てくるに威勢よき声ことしはかかる
蛇を出して龍の叫びはよろこびなり不思議不可思議年変るべし
天に昇り去りゆく龍の航跡を目に追ふのみのくちなはの目
1月18日(土)
短夜に小鍋に寒の米を入れ野菜すこしに粥を煮てをり
粥を煮る匂ひかぎつけ猫どもが集まりてくるここは猫町
丘に立つ搭のてつぺん夜になれば猫の会議のはじまらむとす
1月19日(日)
ぽつりぽつり町に火の出る燃えさかる八百八町江戸は火の海
江戸時代付け火恐るる火が出れば軒をつたひて町燃えさかる
木造の家屋ばかりの江戸の町冬は火の怖れの殊更なりき
1月20日(月)
糸川の両岸に蕾む寒ざくら二、三がひらくうれしきものよ
古木のさくら枝にしてそれぞれに蕾はぐくむをわれが仰げり
熱海ざくらの祭りをひかへ糸川の急湍右に左に流る
1月21日(火)
枝落とす公園のさくら祭りの日を遠からじと待つ蕾太らせ
湯にあたり枯死せる花と盛りの花長き柄のうへつはぶきの花
一方で黄の花咲かせ一方で長き葉ごとに枯れたる石蕗
1月22日(水)
一本の桜を植うる露天湯を囲る季節の植栽もある
露天湯に立てば見下ろす海の道夜の月代は波動も映す
釣舟を幾艘かうかべ昼の海波少しあり揺り揺られをり
1月23日(木)
走湯山伊豆権現へかけのぼるその力疾うに失はれたり
初島も近くに見えて便船に揺られて熱海にかよふ者あり
右大将実朝もよろこぶ時やある月煌々と海しづかなり
1月24日(金)
宿の湯に上着、下着と脱ぎすててさらされてある男の正体
軀の疲れ少しはなごむか露天湯にしばしは深く沈みたりけむ
夜の宿の無人の廊下をひたひたとボトルに水を充たして返る
1月25日(土)
浜松の酒に喜ぶわがからだこよひたゆたふごとき心地に
ホテルの廊下を酔うたるわがのたどりゆく夜にただよふ釣舟の如
月代にひかりがあれば海のうへ光りの道がわたりゆくなり
1月26日(日)
いつの日かわが手をつなぎ阿弥陀世に実朝よひかりののぼれ
紅梅の花には未だ早くして古木の梅の木に近く寄る
常盤木のきび餅に口を汚しつつ旅の終りを惜しむ妻と吾
1月27日(月)
ひよどりのつがひうるさく鳴き交はし枝から枝を移りゆくなり
低き木から電線に飛ぶ寒雀ふっくらふくれうまさうに見ゆ
朝けからからすは何鳴くかあおと呼ぶは仲間か知れず
1月28日(火)
暗黒をゴミの廃棄に行く者を城砦の上に見てゐるわたし
いまだ闇きに歩みゆく者あちこちにある街路灯に照り
わたくしが両手にぶら提げプラゴミの袋を二つ廃棄したりき
1月29日(水)
ゆきつけばあづまのくににあたらしき恋もめばへてたのしきことあり
椿に木に椿の赤き花咲きて蕾もほんのり赤らみてゐる
つひにゆく道とは誰も思ひしもそのときのさま誰も語らず
1月30日(木)
すべからく曖昧になり死にむかふ骨と皮のみぬけがらの死か
それとも死の間際まで明晰でありつつ肉体滅びゆくかも
おそらくはあれもこれも渾沌とからだの滅びとらへがたなし
1月31日(金)
アメリカの大統領の代替はりトランプの顔好みにあらず
アメリカもロシアも中国も北朝鮮も独裁なるか
アメリカは民主の邦なりトランプの為すことそれに叶ひたるかな
2月
2月1日(土)
三島、森田が切腹・介錯に死にたるはわれ中学二年のことなり
新右翼の近傍をさまよふ高校時代まだ純粋なる右翼少年
岸上大作の生と死を考へはじめたる大学一年左傾してゆく
2月2日(日)
相模の國國分寺跡の枯芝に白梅の古木花匂はする
國分寺七重塔の礎石のうへ昔の國司のごとくに國見したりき
さくら木も幾本かある枯芝のひろがり春になればはなやぐ
2月3日(月)
書店にて有栖川有栖『砂男』、ジャニス・ハレット『アルパートンの天使たち』
そして梅崎春生『十一郎会事件』、最後に新刊・奥泉光『虚傳集』を買ふ
いつになれば読み終へるのかハン・ガン『別れを告げない』四・三事件
2月4日(月)
金閣が燃やされたのも当然と思ひし中学生われが居たりき
わたくしもどこか偏頗な思ひありて金閣を燃やす青年を肯ふ
あたらしくなりたる金閣を一度見しこの偽物と唾棄したりけり
2月5日(水)
た熱海ざくらが、やっとこさ咲きはじめた。
ためらひを見せつつつぼみのひらきゆく壺に活けたる寒ざくらの枝
室内のぬくみにやうやうなれたるか薄桃色に透けたる花は
野暮ったい枝それぞれに花着けて可憐なり白く透けたる花は
2月6日(木)
暁闇を走行したるトラックの列なすごとき圏央道は
圏央道に渋滞したる車の列海老名ジャンクションあたり
猛スピードで走りぬけたる車もある圏央道昼の時間帯には
2月7日(金)
露天の湯につかりてため息もらすときはや山に入るなごりの赤さ
夕暮れてこの山中を宿と決める蛇を操る人、皿回しも居る
峠の道にすれ違ふものは修験者か法螺貝腰に下りくるなり
2月8日(土)
一九四五年、占領下の京都に起こることなど知らず
ひょっとしたら原子爆弾を落とされしか京都盆地の地勢よろしき
京都伏見には陸軍の基地ありさしずめ伏見は軍都ならむか
2月9日(日)
電熱温床の上に干されし妻の下着にからまりつくはわれのTシャツ
妻の下着にわれの下着がからまりてどこか淫蕩なり絨毯の上
靴下と靴下が挨拶する如き電熱温床あたたかなりき
2月10日(月)
大山にも彼方丹沢連山にも谷筋は白、夕べ雪ふる
大山に雪が積もるも今年初めでたきものよ手を合はせをり
今年最低の寒き日にして大山もわづかに雪の降り積もりけむ
2月11日(火)
朝爪をコツンコツンと音たてて斬り捨ててゆく吾妻にあらむ
寒がらすずぶとき声に鳴きにけり
朝爪を切るとき妻の表情のにんまりとして桑原くはばら
2月12日(水)
寒すずめ毛羽立つが見ゆ愛らしき
寒の日はあつけらかんと厚着して
寒がらす今朝もうるさく鳴きにけり
2月13日(木)
シャープペンシルの0,5m芯卓に散らばれば夢の中われはばらばらになる
シャープペンシルの0,5m芯こころの譬喩かもわれはばらばら
この寒さに目覚めたりけむわが軀なりこれも悪性リンパ腫ゆゑか
2月14日(金)
梅の香の充満したる公園のほぼ満開の六本の木
爛れたるごとくに白梅ひらきたる香も淫蕩に匂ひくるなり
梅の香の匂ふ公園にわが入れば菅原道真に化身したりき
2月15日(土)
いつのまにか貪欲になるわれなるか意地悪しもからすのごとし
からす飛ぶ。町の上空に旋回し睥睨すべし恥部まで覗く
からすうるさければその上をとんび旋回しとんびの声する
2月16日(日)
山茶花の赤き花々散り落ちて避けんとすれど踏みつぶしたり
花赤く咲きたる山茶花この垣を歩き通らむ地に花落つる
この赤きところをいつか通りぬけ異界へむかふわれの行末
2月17日(月)
西連山の上には大き月残るこのひかる月うつくしかりき
山脈の上空に浮かぶ残りの月後朝なればぼやけて見ゆる
山脈の稜線に沈む残りの月円き満月妙に明るむ
2月18日(火)
ある時はクサヤのごとき老母なり臭ひふりまき廊下を歩く
肋骨あらはにむきだしシャツを着る恥ずかしき思ひもすでにあらず
三度目の悪性リンパ腫質悪し二度と直らぬ不具合ばかり
2月19日(水)
恋闕はあはれを誘ふ京三条高山彦九郎宮城に向かふ
いつのまにか伴林光平に化身して『南山踏雲録』書きてゐしなり
南山を越えむとしたる天誅組維新のさきがけかなしきものぞ
2月20日(木)
曇り空には薄き雲その雲透けて冬の日がさす
やがては雲の透き間に出でてくる日のほのぼのと翳りゆくなり
カップに湛へその紅茶飲むわれイギリス流の紳士ならむか
2月21日(金)
上空の高きところに残りの月楕円形して明るきかがやき
後朝の月にやあらむ西空に明るき楕円のひかりかがやく
この空にかがやく今朝の残りの月楕円型なれど妙に明るし
2月22日(土)
薄墨色の雲の浮かぶに濃淡あり冬の朝どこか不満気である
蒼鉛色の雲重く垂れて降りつづくこの一日を隠れゐにけり
水墨画のごとく冬の雲しづみ山林は風か灰色霞む
2月23日(日)
これの世とあの世のさかひに椿咲く
カフェ・ラテをストローに飲む今宵かな
2月24日(月)
後朝に分かれてつらき楕円の月この道さびしき女との
女との別れに浮かぶ朝の月あかるきひかりはよりあはれなり
木の藪に隠れ行きにしまでなげきばかりに涙せりけり
2月25日(火)
老荷風のあとを慕ひて椿の花ぽつぽつと咲く小径を進む
椿の花ぼってりと咲く一本の木を見て過ぐる路地の一隅
椿の花赤きが咲きてはなやげるこのめぐりしばしうるほふごとし
2月26日(水)
部屋の戸を這ひずり出づる老婆なりくちなはの如し鎌首上げて
救急車に押し込められて体格のよき消防士に運ばれて行く
救急病院は近くなれども道路の上がたぼこがたぼこ撥ねあがりたり
2月27日(木)
映像には幾たびも見し山椒魚もったりとした水中の動き
宿の庭に箱に飼はれたる山椒魚濃きさみどりの苔にまとふ
わづかづつ手足を動かすは山のけもの山椒魚は罠に落ちたり
2月28日(金)
細月の薄きが残るみんなみの仄青き空無限のひろがり
遅々として動かぬ朝の残り月みんなみの仄青き真中に
しばらくは残りの月を追うたれど余りに遅き動きに堪へず
3月
3月1日(土)
雨降るを告知しつつ鳴くからす二羽連れゆきてさねさし曇天
雨降るを告知せりけり黒雲よりぽつりぽつりと雫したたる
わが頭上を雨来る知らせを告げてゆく二羽のからすの強き鳴声
3月3日(月)
このままに死の方へゆくわが肉體滅びかゆかむこのまま朽ちむ
死といふものわからなければただ怖しいつのまにかに意識失ふ
死を想ふ時多くなる病めばなほこのおとろへのなんとかならぬか
3月4日(火)
公園には梅の木八本に白き花蓬けたりけり八本すべて
公園に梅を見上げるわれならむ老いぼれていつまでも白き花みる
蓬けたる白梅の香に溺れたし放恣なり淫靡なり惑溺したり
3月5日(水)
偉さうに中庭のどこかに鳩のこゑいづこか見えねど憎き鳩来る
いづこからかまたいづこにか鳩数羽偉さうに鳴くマンションどこかに
鳩が鳴くいづくかに鳴く分からねどたしかに二羽の相寄り合ひて
3月6日(木)
ひよどりが低きところを飛ぶ時は高き空には鳶回遊す
声出さず足下低く移りゆくひよどり一羽なにを怖れし
ひよどりは今日は低きを移りゆく珍しき春の朝明けにして
3月7日(金)
むすめが夜来てその祖母の部屋を整のふ紙ごみ捨てて
重き数箇の燃やすゴミぶら提げゆく妻と吾れなり
天気よく乾燥したるゴミの集積場ああこのときと吾は身構ふ
3月8日(土)
むすめが来ての部屋を整ふるいくつものごみを平気で捨てる
一応は整ひしかも母の部屋腰弱くなればベッドを入れる
天気よき朝に燃やすごみを捨てにゆく母の部屋よりこぼるるごみを
3月9日(日)
このコップ何に見えるか答へよと父に問はれし幼きわれなり
松の幹に縛りつけられし幼きわれに悪を見出でし父にあらむか
わが友らの前に立ちつつこの軍刀振り下ろしたる父がありにき
3月10日(月)
カップを三つわが目の前の卓に置き麦茶に紅茶、水を容れたり
麦茶はミネラル・水は薬・紅茶はクッキーそれぞれに遇はせ
夜ぞ遅くトイレに通ふ老いわれが卓に用意する麦茶いただく
3月11日(火)
早咲きのさくらの白き花開くかすかに花の匂ひただよふ
マンションのパティオの隅に四本の早咲きざくら満開のとき
わづかながら香りただよふ早咲きの白きさくらのも花散らしをり
3月12日(水)
ベランダを雨に飛ばない黒鶺鴒可愛く跳ぬる尻尾を振りて
鶺鴒がベランダを右に左に跳ぬるやう冷たき雨がを濡らしても
この寒さを飛びだすときもありしかなへちょっと散歩してくる
3月13日(木)
欠片ほど貴重なものがあるものかかけら残して滅ぶるものか
人の欠片を拾い蒐めて人があるわれも欠片の集積ならむ
人のかけら、とりわけわれの欠片を宙めがけ投げて棄てたり
3月14日(金)
中庭の底を覗けば赤き花、椿の常緑の中にぽつぽつ
あけぼの杉はまだ冬木なりどことなく枝も頼りなくして
百日紅のひねくれた幹もさらされて春とは名ばかり冬の木ならむ
3月15日(土)
口臭か、それとも口から出る息か、体温ありき。われのものなり
マスクの内に息すれば口臭きわれならむ老人の息嗅ぎたくもなし
千歩ほど歩けば息も上がりたり吐く息つく息かくもはげしき
3月16日(日)
大空を鵄が回遊するときはマンションに居付く鳩も失せたり
其処此処に糞を落してマンションの十階の屋上に住みつくらしき
鳩を好くことば聞こえず憎む声あまた聞きつつ肯くわれなり
3月17日(月)
絨毯の上に対になるスリッパが間隔広くそっぽむきあふ
奔放なるスリッパを覗き見るやうにゴミ箱の後ろにスリッパ一足
二つとも皮をつかって洒落てゐるスリッパなれど天と地の差
3月18日(火)
いしだあゆみ死したりと聞く懐かしきブルーライトヨコハマ滅ぶことなし
小船のやうに揺れて揺られて横浜をさまよひしことかつてありにき
井の頭線下り電車の窓際にブルーライトヨコハマに涙したりき
3月19日(水)
枝ごとにの蕾を太らせてことしの木蘭花あまた咲かむ
木蓮の蕾を見ては春の香の近かりしこと妻と語らふ
ことしこそ夏つばきをも可憐なる花を咲かせよわれら祈る
3月20日(木)
大山や丹沢連山の谷筋に雪残りをり夕べ雪降る
昨夜までひとしほ寒きに大山も丹沢連山も雪降るらしき
見上ぐれば谷筋白く斑なり大山、丹沢昨夜雪降る
3月21日(金)
春や来るにいまだ寒き日つづきたり庭の椿に花に咲く
葉に隠れ一輪一輪咲きにけり赤き椿はものいふごとし
どことなく色艶感ず椿の花そろそろ春も近しと思ふ
3月22日(土)
今日もまたベランダをゆく黒鶺鴒織女のごとく大尻振りて
そしてまた図体のわりに足ほそき黒鶺鴒に似合はぬ歩み
冬の木の繊き枝には愛らしき数羽の目白木を揺らしをり
なんとなく間抜け顔なる目白なり絵のやうな目のくりくりとして
3月23日(日)
朝靄にパティオの木々は明けてゆくあけぼの杉も夏つばきの木も
それぞれに花を咲かせる準備あり枝に尖り芽けばけば弾丸
椿にはすでにあまたの花着けて葉のみどりのうちに赤きを隠す
3月24日(月)
停留所の看板の前にとしてゐる老いを指さす子らが
なんとなくをかしきをしてゐるか子らの囁き耳に聞こゆ
自販機に買ひ求めたるペットボトルのごとく貌あげて飲む
3月25日(火)
冬の木の枝移りつつ小雀がちひさく鳴きをり枝をゆらして
水木の枯たる枝に雀ゐるふるへて鳴くか枝動かして
木を移り枝を移れる雀ゐるてっぺん近き枝に鳴きをり
3月26日(水)
白梅の花爛れたやうにほころびて淫靡なる香に滅びかゆかむ
この頃は梅の花ほろび香らざる然るに茫と立つわれなむ
ときをりは三人官女のしろき肌いづれも若く熟れたるやうな
3月27日(木)
知らぬうちに分断はある。病み老いてわれは下級民さびしげに言ふ
これの世の差別、区別に悩まされ正義といふも全うせざりき
もっとも弱きものの立場にたたずみて見あぐるばかりに底より覘く
無残なり純白の花びら散らばれば木蓮の木の風に吹かるる
公園の大樹のさくらの枝ごとに蕾付けたり二、三がく
3月28日(金)
今日も朝から雨模様しとしとしとに気分不快なり
朝から圧迫強き低気圧に抑へられたる病老歌人
この雨は南岸低気圧の通過中どうしようもなきただ耐へるのみ
マンションの裏の辛夷も花着けてさても春なりよろこびの声
3月29日(土)
公園の太き桜は今日のあたたかさ二輪、三輪咲きはじめたり
駐車場に一本だけある染井吉野いつもより白き花咲かせをり
わたり鳥には国境あらずロシアより琵琶湖に到る長き空路を
コハクチョウの醜き子らも混じりをり宍道湖に蜆食ひたるかなや
ロシアより日本に渡るマガモをばどちらの鳥とも言ひがたくして
3月30日(日)
バスタブを洗剤まみれに洗うときわれは何者ただの爺か
片腕に洗剤まぶしたスポンジを掲げて踊るひょっとこならむ
ひょっとこひよっとこ唄ひながらにバスタブを洗へば楽し洗剤まみれ
3月31日(月)
ひよどりの姦しき声。を出す妻とわれらの頭上を移る
あけぼの杉の冬木の枝にひよどりの二羽が来てゐるやかまし、姦し
ひよどりが低きところを移りゆくいまだ春には遠き日々なり
4月
4月1日(火)
四月莫迦には一つだけ嘘が許されるしかしわたしは嘘は言はない
けやき樹も枝さきにはつか葉をつけて枯れゆく木にもいのちありけり
蛇口よりしたたる浄水を受け入れる二リットルのペットボトルたくましきもの
二リットルのペットボトルが二本立つキッチンの奥に嗤ふがごとく
ペットボトルより清水注ぐ。清水は少しく怒りを含みてゐるか
4月2日(水)
けさは朝から日のひかりやうやう春の訪れである
ひよどりにからす、すずめがそれぞれに鳴き合ふ朝の町の光景
キッチンのシンクに赤きトマトのみどりの色があまた落ちてる
4月3日(木)
春がきたからとコートを脱ぐいささか寒く堪へがたきかも
マフラーも毛糸の帽子も脱ぎすててさねさしの空を仰ぐなりけり
本を読む速度遅々たるものなれどやうやう月に七冊を読む
4月4日(金)
髭面の爺はわれなり木にあまた赤き花咲かす椿を廻る
ひょろひょろに傾きかたむきひょこひょことうごめくやうな足弱われなり
山茶花の花の赤きが散り落ちてあまたの赤き花びらを踏む
4月5日(土)
寝る前にベルナール三錠高価なる薬物を飲む効きてゐるのか
手が延びて足が縮まり首長の老いがわれなり醜きものぞ
山茶花の花びら拾ひかがむときああ老いたるや赤き花びら
4月6日(日)
上海租界を描き分けフランス租界と日本租界と
吾郷次郎と楊直の阿片畑の話題わくわくどこどきたのしまざらん
結末は次郎も死して寂しきに上海の海しづかなりけり
中庭を風抜けて春の気配する少しく気温も高くなりゆく
まだ冬の枝、幹さらすあけぼの杉枝の尖り芽やや春立つか
息ややに楽になりゆくこの二、三日われもたのしく春をよろこぶ
4月7日(月)
若やいだ桜の花の満開のさま観てよろし日の暮れ歩む
日の暮れに桜のたましひもてあそぶこのたましひを手に包みり
日暮れから暗闇になるそれまでを花のたましひ老いれが見つ
ひねるやうな枝を隠して照り葉繁り葉あまた花咲く椿の一木
根もとには赤き花一つ落としたり椿の木あまた花を咲かせて
飛びこめば異界まうでかひよどりの一羽、そして二羽木にまぎれ行く
4月8日(火)
隠形の術にて姿を忍ばせてトイレにこもるわれならなく
トイレとの扉一枚隔てたる見えざる廊下を妻が歩く
扉の向かふを妻が往く老母が返る足を摺る音
4月9日(水)
真みなみに薄き半円の残り月われまだこの世に未練ありにき
少しづつ動く半円の残り月はかなきものはあの世のものか
これの世の行く末いかに。この頃は滅びの後も戦乱の果て
4月10日(木)
走る走る孫のの子がひた走るその姿老いには少し重たし
孫が走る映像を見てよろこべるわが妻の声ただ笑ひをり
走り蝶追ふ男の子なり下総の春によろこびをらむ
4月11日(金)
殻割りてつぼみの白きものひかる木蘭の花もうすぐに咲く
ゑんじゅの冬の枝にきてそれぞれに枝揺らす目白三羽が
冬の木を揺らして黒鶺鴒お尻重たく次の木に移る
4月12日(土)
の下に平たき西洋蒲公英ここにもことしの春が来てゐる
木蓮の枝ごとにある花ひらく純白の花日にうつくしく
いつのまにか暖かくなり春の気配小さき花のむらさきひらく
4月13日(日)
満開の木蘭をよそにザクロの木独自にくねり太き幹なり
海棠も赤きを交えさみどりの色見せて春の訪れである
冬の木も枝ごとの芽のみどり色あきらかにここに春の目覚め
4月14日(月)
今朝も鳴く鳥の声する強き声これはひよどり甲高きこゑ
命あはれせいいっぱいに花ひらく木蓮の白けふはいと愛し
海棠の赤きも増えてぽつりぽつりさみどりの葉の繁れる中に
4月15日(火)
あたたかになれば老いの軀もうねりくねりさるすべりの木の真似をしたりき
たんぽぽの黄の色惚けそろそろに綿毛となりて飛びゆかむとす
こんな日々が続けばよいがどうだろう梅雨も早かろ夏も近かろ
4月16日(水)
もう疾うに蛇口から出る水流のぬくとければ春のさ中なりけむ
蛇口よりこぼるる水に手を濡らす温かきゆゑ春深きなり
汚れたる麻の食器を洗ひをり洗剤まみれの春の水なり
4月17日(木)
中庭は百日紅の葉が萌えるさみどり色の木々のみでなく
さるすべりはオレンジ色の葉ぞ燃ゆるこんな色だったか新芽の色は
つつじがようやく花にひらきゆく赤き新芽の蕾とならむ
4月18日(金)
明烏けさも電柱の上にゐるこの地の王のごとくふるまふ
烏三羽が領したるこの一帯の上空に姿あらはすとんび数羽が
木の枝にすずめ来てゐる胸の毛の白く愛らしまたすずめ寄る
4月19日(土)
花水木に白き花咲くこの花の咲き盛るころ父死ににけり
父の死後いっせいに咲く花水木ささげるごとく天に向き咲く
この花の咲くとき少し涙ぐむ父よ父よこの花水木見よ
4月20日(日)
小手毬の花ぎつしりと咲くところしばし憩ふてまた歩きゆく
つつじも花の赤き花びら捥ぎとりて毒だといへど蜜啜りをり
つつじの花咲くところ目を瞑り歩きを止めてしばし息吸ふ
4月21日(月)
中庭は百日紅の葉が萌えてるさみどり色の木のみではなく
さるせべりはもう勝手色オレンジの葉の燃え立ちて自己を主張す
躑躅やうやく蕾む見ゆわづかに赤き芽立ちや四月
4月22日(火)
朱川湊人の「トピカの夜」の妖しさは死せるチャンホと遊ぶ少年
「トピカの夜」を読みて涙するわれがゐる老いぼれたれど心ふるふ
つつじの花に朱の色とうす桃色の花が咲くわれの眼下に垣なすところ
西洋たんぽぽの黄の色のあざやげば西洋たんぽぽわが好みなり
常葉樹の楠の木に新旧の葉のせめぎあふ旧きはおちて代替はりする
4月23日(水)
木蓮の純白の花散り果てつ花びら汚れ樹下に散らばる
花散れば花はさっそく穢れをり一枚拾ひたしかめてゐる
この花は江戸の女郎ごときにてたちまち汚れなまいき申す
4月24日(木)
わたくしの背よりも高い垣飾る白こつつじの花あまた咲く
伊予柑を両手に割きてそのしづく甘きをすするわれにあらずや
あけぼの杉はさみどり色に花水木は葉と白き色花盛りなり
4月25日(金)
西洋たんぽぽの群がるところを覗きこむああこの幸福はかへがたきもの
一年のうちに数日あるかなきかの良き日なりもの考へて生きむと思ふ
病ひのことも弴と忘れてあばれたるけやき大樹の真下に遊ぶ
4月26日(土)
あけぼの杉の小さき枝をに挿しすこやかであれわれのむすめよ
薄ピンク色に透けて咲きたるつつじの花どこか女の姿態のやうな
あけぼの杉の枝挿頭しこの春の日を出でゆく王女
4月27日(日)
初燕けふ飛びたるを見たりけり卯月終はりにこの町に来る
いづこかに燕の巣があり子つばめの餌を求めて鳴く声聞こゆ
九階のベランダあたりをひるがへりまたひるがへり空旋回す
4月28日(月)
妙ちきりんな影のかたちはわがなり蹌踉と歩けばひょろひょろとゆく
わが影の少し薄くて生きのをあらはにさらす地獄のやうな
双つの影がわたしのをば分断す二つに分かれせんすべあらず
4月29日(火)
大山の植栽きれいに分かれたりす枯れし枝葉、常盤の樹々と
崖あれば下には枯れし木々の群れ常盤の木々は崖上に立つ
山に登り冬木の間より空を見るかるがるとその青さに浮かぶ
4月30日(水)
ゑんじゅの枝にみどりの葉の繁りそこにもぽつぽつ壺花咲く
山焼の烟など見えず感傷をおぼえることもあらず過ぎたり
遠山は大地にどっしり坐りたり動かず騒がず位置変へるなし
5月
5月1日(木)
花房の短き藤の棚に近く見をれば虻蜂寄りてよろこぶ
藤の房あまり匂はず地に遠くぶら下がりをれど蜂の音わづか
遠くより藤の色見えよりゆかむうすむらさきの匂ふばかりに
四錠の薬飲み捨て春の町へ出てゆく老いによろこびあらむ
この道をよたよたとして歩みゆくわれにあらずや髭など生やし
ETCの利用はできぬ料金所渋滞の列しばしつづけり
5月2日(金)
あけぼの杉は夏の木なればやはらかくみどり葉茂り一人格なす
沙羅の花落下して寂しさみどりの葉も夏のものやや濃くなりぬ
苔絨毯みどり色したやはらかさその色観ればうれしきものよ
5月3日(土)
憲法記念日を嘉するべきか唾棄すべきかわれまだ惑ひ決しがたし
天皇の章、また人権の章などは直すべしされど九条手を入れがたし
九条を壊してはいけない自衛隊を加へることもわれ堪へがたし
それぞれの階の扉を押しあけてが顔を出したり
春なれば媼も外へ這ひだして喜びのこゑか不気味なる声
つつじの大ぶりの花があちらこちらマンションの四囲に囲めるやうに
5月4日(日)
蒼古たる風合のあるけやき樹の葉の繁り天を覆ふがに広く
人が来て燥ぐときあり仏壇に蠟燭灯ししづけさ破り
遠く見る小田急線のすれ違ふ上り各駅下り急行
仏壇は父の存念で神棚にわが家いつから神州清潔の民
5月5日(月)
けふこそは五日のあやめに過したしこの何年かは六日のあやめ
季節に遅れず湯を彩れるあやめ草するどき匂ひ吸ひ込み吸ひ込む
あやめ草の香りする湯に深く沈むわれまたあやめのするどき匂ひ
5月6日(火)
悲しみはわれにもあらむ病みてなほ快癒せざりきと医師は言ふなる
にも加はり体調がわづかに良き日はそれまでのこと
七十歳を前に快癒のみこみなし後はただただ足を動かす
5月7日(水)
飲みはじめはたださらさらと半ばにはまだまだ行けるそしてへべれけ
へべれけになればいつでもおもはざることに出っくはすとりかへしつかぬ
飲めずなりて一杯二杯で酔うたれば情けなしやまいを老いを憎む
5月8日(木)
森林の木々にみどりのかすみつつあまやかなる香ぞ入りてゆくなり
藪原に迷ひ入りにき。その場処を這ひ出しすまでの苦難ありたり
山毛欅林に娘を肩にのせてゆくそしてさまよふ出口が見えず
5月9日(金)
天に召されこの世には何も残さずに蛙のるるるおさらばるるる
蛙のるるるはもうゐない。いづこにも見ず天に召されし
るるるは死んでもうゐない。悔めども悩めどるるるはゐない
日本沙漠の砂をふみ砂漠のくらい闇をふむるるるの葬送にしづかにすすむ
かたむく天に鉤の月るるるは見えず天にまします
5月10日(土)
手すりから海棠の樹に移りゆくすずめの平行移動愛らしきもの
すずめの少しふくれた二羽止まる日のひかりに腹毛やはらかくして
高きところへ飛びゆくものもあればまた地平を移るすずめもあらむ
ゑんじゅの花咲き垂るるゑんじゅの花盛りなり穂状の白き
槐のさみどり色の枝に垂れ白き穂状の花さかりなり
5月11日(日)
春眠不覚暁その前に眠たかりきよ鳥処々に啼けども
小灰蝶数頭われをめぐりをりわれは誰かの川の流れか
たましひはたましひに対峙すその隙を盗むかのように小灰蝶舞ふ
白つつじの美しき垣根たちまちに花はすがれて残滓あまた
あんなにも美しき花あまたつけ長き垣根に花残るあはれ
5月12日(月)
カラカラと陽が上りくる朝明けの神秘的なり揺るるひかりに
朝あさにズボンはくとき難がある交差していつも足ぬけけがたし
けさもまた朝食の後にくすりを服み水をのみ一錠四度それをす
一本の木が庭にありにけり大き葉に隠されし無花果の実
五月半ばに大き広葉のいちじくに実が隠れたり太りたる実が
5月13日(火)
七色の微塵となりて降る雨の驟雨のごとしたちまちに止む
嘉永時代の箪笥ひらけば虫の音がどことなく聞こゆ春の虫なり
わがからだを巻きてたちのぼる煙ありああこの地には老いのが立つ
5月14日(水)
すずめ三羽がつらなりて花水木咲く枝移りゆく
ひよどりの鳴く声聴かずばこすずめの三羽よりくる喜々として鳴く
花水木の白き花をも吹き飛ばすやうにすずめも飛ばされてゐる
5月15日(木)
つつじの花二輪がひらくマンションの近くの垣に隠れるやうに
躑躅に花の着けはじめ近傍の公園に赤き花咲く
とびとびにつつじ花がひらきゆくそろそろ季節の変り目ならむ
5月16日(金)
あちこちにを持つものが電話をするのかゲームをするか
音楽も演歌にはあらず若者にしか通じぬ楽音があるらしきなり
それぞれに調子はいいが聞きとれなければ老いにはつらき
5月17日(土)
スマートフォンをじっと観ている若者のなにしてゐるか老いにはわからず
突然にスマートフォンをのぞきながら足踊らして無気味なりけり
ああ、おおと素っ頓狂な声をだすスマートフォンをいじくりながら
5月18日(日)
靴下を脱ぎ捨てて野をかけりゆく老い病むわれは子どものごとし
叫びつつ気持ちよきかな野に遊ぶ老い病むわれが声発しつつ
この下には死後に逝くべき熱地獄餓鬼が喿げば死者も叫ぶや
5月19日(月)
熊野路を辿れば道のまん中にわれらに挑むか古代の色
赤、みどり、黄色に青の原色に鎧ひたるごとしなり
を挙げて四つん這ひになり挑みくるよわれらを通さぬ覚悟
5月20日(火)
熊野古道を歩くメンバーの中にして成瀬有ときに先頭に立つ
大辺路、小辺路時折雷雨に打たれつつぶじに越えゆくわれまた若く
坂道を下りゆくとき蟇蛙の極彩色を背に負うに出遇ふ
5月21日(水)
ベランダを九階の高さに右から左横切る野鳥猛スピードに
野良減りていづこにも行く処なしこの畔過ぐればただ坂の道
田の数のめっきり減りし町の中に物流倉庫の工事現場
ロジスティクスばかりなる郊外はインターの出入りに近きゆゑなり
5月22日(木)
男でもなく、ましてや女でもない老耄もいまだに苦しむおのれの性に
もうすでに男の殻は脱がされて老耄といふ存在なるかも
ぢぢいもばばあも同じなりもてあますものが減りつつあるか
5月23日(金)
吾れが入る前にトイレに行くもののすっぱいやうなる臭ひを残す
この臭ひは妻のものなり鼻つまみしばしがまんしわが糞をる
雲古、うんこ、ウンコいつもねばりてるもののけさは一気に排泄したり
5月24日(土)
洗面台の上の天井の隅っこに虫をりにけり小さき茶色
色濃きは何虫ならむ小さき棒状の茶色虫動かず
天井より歯磨き、顔洗ふわれわれを覗くがごとく虫がをりにき
5月25日(日)
死神は背後よりきて強引にわがたましひを抜きとらむとす
いつのまにか死神にこそ魅入られて拉致さるるあの世へ
死神に両腕とられ連れられて炎熱地獄へ抛りこまれる
5月26日(月)
河原鶸二羽近寄りて鳴きにけり常に近くを飛び、歩く二羽
どんよりとした曇り空はしゃげども心のらずにゆき過ぎにけり
少しばかり明るさ覗く空合にみどり濃き森迫り来るなり
みどり色の何色あれば山肌の木々を画けるか微妙な色合ひ
5月27日(火)
の役目は疾うに終へたるか役にたたざるふぐりぶら提げ
男の性のほとんど役に立たざるに欲望のみはいまだ失せず
男女差のなき世を願ふわれならむしかれど残る好みや欲は
ひよどりが鳴かねばすずめの二羽がくるけふのは親しみがある
5月28日(水)
あじさゐの藍色の花咲きにけりひつそり三輪目に著くして
地獄の底を這ひつくばるがわれが身の果つるところやこの場所にして
覗き見る火炎地獄の中にゐる鬼に甚振られわれやありけむ
いつのまにか熱湯地獄を這ひずりニヤリと笑ふ衰亡のわれ
5月29日(木)
一年のうちに数日あるかなきかこのよき日なりわれ破天荒
病ひのこともとんと忘れてあばれたき欅大樹の真下に遊ぶ
楠の木も旧葉落として新葉に変はるその下を行く息荒く吐き
5月30日(金)
よもぎ餅やはらかねつとりを喰へるかも歯にねばりつくこの旨きもの
この日ごろ和菓子買ひきて喰らふなり水無月品よきわれには過ぎつ
みたらし団子を頬張る妻のひとつぶひとつぶ口を大きく
5月31日(土)
赤茶けた芽がいつのまにか真みどりに変りてやがての濃き花
何本も並べ植ゑたる百日紅しんねり曲がる枝に花着け
毎年のやうに幻想するこの幹にこの枝に猿がおっと滑る
6月
6月1日(日)
惜しむべき人亡くなりて茫然とこの世にをりぬ何なすことなく
また一人この世とあの世を繋ぐもの失せてぞいやないやな世になる
わがと若葉のあひだをめぐりとぶ紋白蝶のうるはしき白
黄の花に拠りて離れて飛ぶ蝶に手をば伸ばせり愛らしきゆゑ
紋白蝶いづくに消ゆるか郵便ポストへわづかの時に
6月2日(月)
の花さかりなり公園のいろどれる真白き花
どくだみの花むらふかく歩み入りわれも蕺の如くにあらむ
見る間にも降りだしさうな曇り空、春土す田の色変ず
最近は蓮華の赤き田んぼ無く土ひっくりかへし何か建つべし
空中にあざけりつつも飛ぶ鷺の地上はるかに遠ざかりゆく
6月3日(火)
夕暮の透明感のある雲を見上げてあれば心あくがる
澄明なる夕べの雲を見つつをればこの深桃の色浄土なるかも
西方に浄土あるかも山々のつらなりの涯てあかねに染めて
6月4日(水)
浄土から夕日差し来て雲透くるあかね色して暮れてゆくなり
透明感のある夕雲をわが見つつこの雲の涯て浄土なりけり
中庭をつばめ一羽が独占しまるで舞台の役者のやうに
6月5日(木)
蘭奢待の木の屑にほふくらやみの永遠といふ長き時経る
ガラス玉色とりどりにころりころり正倉院の床にころがる
親しきは聖武天皇御物にてこれは何これは何分別してゐる
6月6日(金)
うすぼやけた夕暮の山このままに薄桃色の空暗くなる
ペットボトルの麦茶の量が極端に減りゆくは誰か飲むものがゐる
あたり一帯乾燥したるか咽喉乾く暇があれば麦茶のむなり
6月7日(土)
含嗽する水の口から奔放に散らばればわれも老いぼれならむ
万がひとつこぼるる水の口あふれ吐き出すことに範囲広大
この口にしまりなきゆゑ水溢れ洗面台をこぼれるごとし
6月8日(日)
気がつけば太古のやうな風が吹く中庭の木々の長柄ゆらして
この空は太古のやうに青きゆゑまなこくらみて遠くは見えず
太古のやうな風、そして空神々しきよそのうちをこの世に参る
6月9日(月)
わが宿をたづねくるはずの鶯の鳴く声聴こえず春もすぎゆく
いつのまにか六月の声あひ変らずすずめが鳴けばすずめ寄り来
わが宿といふにはどこか洋風のベッドの上に寝そべりてゐる
6月10日(火)
自動車の走行音に雨の降る異常を感ずマンションの横
ひたひたとタイヤの音に微細なる雨降るを覚ゆ湿り気帯びて
不機嫌と呼ぶほかなきか雨の中軽自動車に雑じりて走る
6月11日(水)
シュークリームのやうなる雲が立ちあがるこの夏をすべて領するごとく
しわしわのシュークリームが浮かびあがる夏の夕空しわしわ朱色
夕雲のうすれ流れて山の端を朱色に染めて暮れてゆくなり
6月12日(木)
昨夜雨、朝よく晴れてここちよし今日一日の穏やかであれ
雨に濡れみどりの葉々にしづくありあればあざやぐ夏の木ならむ
つつじの花の萎れてしぼむに五月には赤きつぼみの少し覘く
6月13日(金)
ティッシュをテイッシュの箱から引き出して鼻水を拭く老いぼれならむ
何枚もテイッシュを引き出し鼻汁をかむわれならなくに
テイッシュを何枚も被りこの世よりあの世へ去らむとしたるわれなり
6月14日(土)
わづかづつ声あげて鳴くいかる鳥。黄色の嘴つつきて歩む
黄色のくちばしをもつ鵤かな花の回りを鳴きつつ移る
マンションの花のに拠り来たるいかる黄色のくちばしを持ち
6月15日(日)
太陽が雲のむかうにぼんやりと浮かぶがごとく上りくるなり
くもり空のつづく日ありてけふ明るく青空よろこぶ私がゐる
雲の切れ間に青空、そして太陽が覗くときありうれしきごとし
夏つばきの枝に小さな花つけて風にさゆらぐ中庭の木は
愛らしき小さき花を咲かせたり沙羅の木の枝、釈迦が降り来
6月16日(月)
邪悪なる心は誰のうちにもある人を殺してよろこぶ心
夏木立見上げてこころみどりなりこのみどり少し濁りがあらむ
さがみ川の青く見ゆる日わが知らぬ一人溺れて死すといふなり
6月17日(火)
妻が買ふ小さき甘きトマト食ふ赤きしづくをしたたらせつつ
幽霊のやうに出てきてまた隠る人呪ふこと舌をだしつつ
闇にするこの声は猫が鳴く声か長く鳴きつつすがたは見えず
6月18日(水)
にんげんとはどうしようもないもの世界中どこにおいても戦乱たへず
善良なる心のいつか無くなりぬ包丁持てば殺したくなる
こころには常に殺意がうずくまる平生はごくふつうの顔して
6月19日(木)
朝の日にかがやくあけぼの杉の木に挑みたくなるその幹に触れ
久々に初夏のみどりに圧倒され誰か殺さむと思ふときあり
闇の中にまた闇があるその奥に血潮したたる一隅がある
6月20日(金)
こがらすが跳ぬるが如く楽しげに何か咥へて嬉しさうなり
こがらすが尻尾ふりふり跳ね歩く追へばたちまち線路の彼方に
舗道上をちょこちょこ歩くはすずめなり虫のやうなるものを咥へて
6月21日(土)
わが骸骨が荒野ゆくぎくしゃくとして歩みゆくなり
すれ違ふ白い女がマスクして笑ふが如しわたくし怖ひ
真夜中の三時を過ぎて目覚めたる老いにも怖ろし夢の世界
6月22日(日)
夕暮は人の瞳の並ぶごと病院の窓とてつもなくて
真夜中の夢に魘され声あぐるこの恐ろしさ言ふすべあらず
紅茶の色は屍体の色と同じかも匙もてかきまはすしかばねの色
6月23日(月)
紅茶が時に真っ赤なりまるで血のやうなり匙にかきまはす
大きなる手が空からわれをつかみくる天の上までひきずりゆくか
夜の闇に従ふごとく歩みゆく此方を対きてくるものと会ふ
6月24日(火)
朝の雨にわづかに濡れる中庭に鵤二羽来て跳びはねるなり
毎朝のリハビリ体操は律動し雲古よく出るわたしのうんこ
毎朝に運動をする数かぞへリハビリ体操けふも済ませし
腰上げて足踏み運動、反転し腕立て伏せしてけふのリハビリ
6月25日(水)
南側の駐車場には河原鶸わが足もとより少し跳びだす
ザリガニの赤き姿がはさみ上げ迎へるやうなり俺を招くか
用水の中をアメリカザリガニが招くがにしてはさみ動かす
ザリガニが招くはこの世とは別のところそこはたれも知らず
6月26日(木)
西側の舗道に遊ぶこすずめの飛びまた戻り豁達なりき
わが歩く足先に小さな虫動く逃げるように這ふ真っ黒な虫
部屋の内を老いをからかふやうに飛ぶ蛾のごときものあっちへこっちへ
玉虫の玉になりたるを拾ひ蒐めしばしは手のひらに玉をころがす
6月27日(金)
宇宙線に刺さるがごとく挫けたり動かなくなる地球人われ
宇宙線に刺されて病めるわが軀なり今日もよろけて木の影過る
血圧の変化は空の上にある気圧のせいなり気圧が動く
6月28日(土)
探偵に尾行されたるか駅からの暗き道迷はずわが後をくる
死ぬことはまちがひないが苦しまずに死ねるかどうかそんなことはない
さう遠くなく死の世界に被われてそちらに移るか死ねば空白
6月29日(日)
天人がこの地に降りてとまどふか松の林の今日も鳴りをり
巨大なるトランク載せて走り行く何処へ行くか物を運びて
大空には女神の美しき脚がある曇りのなかにそれを探る
6月30日(月)
極端に踏切の減りし私鉄沿線自殺するにも処を択ぶ
かんかんと踏切鳴れば待ちつづく四輌電車の軽やかに過ぐ
踏切に溜る人々それぞれに腹に一物隠してをらむ
7月
7月1日(火)
地下室に無数のワイン寝てをりぬわれまた六月の死者のひとりか
死と生のあはひさまよふごとくなりどちらか決めむ死ぬのは嫌だ
いつまでも死があらはには見えざるにぼんやりとゐるわれならなくに
7月2日(水)
となりて各地を行脚する人になりたき若き日ありき
ほかひして持て余し者になりたきよ病みて痩せたるわが軀おもへば
もともとにもてあまし者この社会よりこのよりはみだしてゐる
7月3日(木)
満州に中国人を処刑して首を斬ったと自慢げに言ふ
剣道部の指南役として町の自動車屋戦地に白刃自慢げなりき
最期まで好きにはなれずこの野蛮なる指導者嫌ふ
7月4日(金)
役にたたぬをぶらりぶら提げていまだ女の匂ひに応ず
男としてはすでに役にたたぬものせうべん禁止の黒塀にかける
臭ひたつ温きゆばりを黒塀にかけるものの老いには勢ふばかり
7月5日(土)
牛のごとくこの丘のにたたずめば見るもの聞くもの新鮮なりき
乳牛の乳をこそ指に搾りだすこの丘の上牛舎ありけり
乳牛を近くに見しはをさなき頃恐ろしくしてやがて親しむ
7月6日(日)
夢のうちにビルケナウちふ地名ありアウシュビッツの名称なりき
ナチス・ドイツがもっとも多く犠牲者を出したる絶滅収容所なり
ビルケナウに行かねばならぬと思へどもおそらくわれにはかなはざること
7月7日(月)
ぬかるみを長靴履きて深みへと溺れるごとく歩みゆきたり
ぬかるみに読みさしの手紙を千切り捨て彼女の思ひに応へることなし
ぽたりぽたり雨の溜りて落ちてくるこの家にあり何ともしがたし
7月8日(火)
トイレに行きうんこが出ぬ時のわが孤独たった一人に便器に坐る
便器の上がほとけのいます場所なるかしばし動かず大便を出す
独りにてトイレにこもり雲古するもっとも孤独なわれならむかな
7月10日(木)
けふわれは車前草を見つけたり草ずまふする妻と争ふ
どちらが勝つか負くるかは時の運、草の強さも時にかかはる
広っぱに這ひだして声高に草ずまふと妻は大声に争はむとす
7月11日(金)
ぶきみなるくちなはは藪に隠れたり疚しきものかその後出でこず
くちなはが草藪原に入りゆきて身をひそめたりその後知らず
くちなはは藪のどこかに隠れゐて人を憎むか赤き舌だし
7月12日(土)
真緑の夏の態様の公孫樹その樹の下にやすらふ息する
いのちの樹夏のいちやうの下陰にしばしやすらふ息つきにけり
丘の上の公孫樹の繁りを見つつゆくその大木の根にむかひをり
7月13日(日)
耳を穿ることのたのしさあやふさによろこぶわれの綿棒あやし
綿棒を耳の穴へと突っ込みて深く突っ込むあやしあやし
耳の穴に綿棒深く突っ込みてよろこぶわれかおのづから笑む
7月14日(月)
肥満型の女性が二人相次ぎて右手に傘をぶら提げてゆく
一人は黒いワンピースも一人は彩色のしゃれた服しかし肥満体懸命に歩く
この道を行けば私鉄の駅ならむ肥満の二人遠く見上げて
7月15日(火)
朝鳥の長鳴く鳥のこゑ聴ゆ山のなだりを木々覆ひたり
濃きみどり薄きみどりにさみどりととりどりなれど夏山みどり
夏の木々に埋もれて鳴くは何鳥かけきょけきょとのみ声しづかなり
ここにも野がらすは居て悪声に鳴きつづけをり町と変はらず
7月16日(水)
温泉の床に古びし石のタイル細かき傷あり足裏痛む
温泉の湯はよけれども浴場の敷石にある傷に苦しむ
痛い、いたいと声に小さく告げたれどだれひとりすら親身にあらず
すっきりとは晴れぬ箱根の山ののぼやけるごときは暑さのゆゑか
さねさししき箱根の山々の深きところの湯に浸かりをり
7月17日(木)
旅の宿の階をたどれば大小の部屋ありわれらは中くらいの部屋
窓からはむかひの山ぞ立ち上がる夏の木々にて彩られたり
アンパンマンの誕生をこそしたき朝のドラマを凝っと見てをり
木を曳く音、鳥の鳴声、からすのこゑ箱根の山は少しうるさい
早川の河原に淡きの花紋白蝶の来てまたる
7月18日(金)
ユトリロの絵を飾りたる喫茶店しづかなりここに珈琲を喫す
パリの町、人を描きて哀感あるユトリロの水彩画親しきものを
硝子箱の中なる球体関節人形ぶきみなるかな夜に動きだす
箱根湯本の商店街のなつかしく温泉饅頭よろこびて買ふ
温泉饅頭にかぶりつくなり妻とわれ旅の途中のよろこびなりき
7月19日(土)
山の木はそれぞれに深きみどりなりおぼろけなるは雨来るらしき
どことなくどんよりするは雨近き夏の箱根の山ならむかな
金目鯛の干物を網に焼く匂ひ部屋にただよふ旅を終へたり
金目鯛の干物の身をばせせり食ふこのたのしさや旅すればこそ
7月20日(日)
箱根湯本の陶器を扱ふ商店に贖ふ珈琲カップ一つ破れたり
お気に入りの珈琲茶碗の緑の色やや濃きにカフェの香り
カップに立ちのぼる珈琲の湯けむりを冷房効いた部屋に見てゐる
7月21日(月)
山に近き墓処には一基の墓が立つたつた一つ父の名のみ刻まれ
誰にでも必ずやつてくる死なるもの空無の如きを俟ちつつをりぬ
日々を送るこのあはただしさの果てにある死といふものを怖れつつをり
7月22日(火)
クリスタルガラスがおこす乱反射ひかりの燦爛こそが夏なり
透明硝子の輝く明るさ右の手に掲げてしばしひかりを灯す
赤と黒の江戸切子卓に据ゑたりきこのカップ挟み媼と翁
7月23日(水)
立ち上がる珈琲の香に顔よせてその匂ひこれこそ大人の香り
キッチンに珈琲豆を挽く音す期待が胸をふくらませたり
ミルクたっぷりその上に砂糖三杯甘くして珈琲を飲む高校一年
呪ひの言葉にこの日いつか亡ぶとあれば台地鳥獣も早晩なくす
7月24日(木)
ハワイコナの癖ある味のどことなくやさしさもある夏の昼どき
珈琲の香りただよふキッチンに引き寄せられて老いも従ふ
珈琲の豆挽くときの香りよさ妻が豆挽く、わたくしが嗅ぐ
7月25日(金)
われには古き謀叛を思ひたかぶれるただ雪つもる赤坂界隈
銃口を向けたるは大内山の暗闇ぞ騙されたるか陸軍幹部に
昭和天皇への怒りを育て一年経ての銃殺の刑
7月26日(土)
悪性リンパ腫に罹患してよりわが歩く姿いつのまにかうつむき加減
うつむきて歩くにも良きことあり乾びし蚯蚓避けて行きたり
中庭より舗道に多きみみずのことしもみづから死地を求む
7月27日(日)
なにがなしかの官能などやありもせず死の予感ただ怖ろしきのみ
喜びも苦しみもここで終はらんと思ふにすっきりとはせず
後戸に踊る宿神のすがたおもふこの世からあの世へいざなふごとく
7月28日(月)
ひさびさに生きてゐる蚯蚓に会ひにけり蠕動しつつ草むらに入る
なぜかくも乾らぶるみみずの多きなり場所を変へつつ死にけるものぞ
雨降れど乾ぶるみみず彼方此方踏まざるやうに俯き歩む
7月29日(火)
左腕の手より上、肘より下がほぼ全面的に紫斑のごとし
この紫斑日毎に育ち大きくなる変色したる右腕ならむ
さして痛くも痒くもなくただ紫の血を蓄へてをり
7月30日(水)
うなだれて明るき街に迷ひ入る老残あはれやわれに非ざる
いたしかたなくまぢかに死をばおもひみる避けやうのないにあらむ
罪悪も不名誉もありし半生をかへりみてわれどうにかならぬか
7月31日(木)
絶壁にたたずむはわれ今にも跳びこむごとき痩せたるすがた
どこかに自殺願望があるのだらうかいやいや年経てもわれにはあらず
明瞭快活でいつまでもいたしと思ふこの暑さにも
8月
8月1日(金)
朝毎に飲むトマトジュース一杯を卓にこぼせり情けなきこと
歳とれば手もと不如意もあることと布巾にふき取る妻の笑顔
いやいや手もと不如意に気をつける六十九歳なんとかせんか
8月2日(土)
反転し腹をさらして乾涸ぶるヤモリの子なり街上に死す
乾きたるヤモリの子死ぬとき何思ふ絶望の声あげざるものか
乾涸ぶる蚯蚓の隣に死したるかヤモリの子ああ何ともせんなき
8月3日(日)
マンションの中庭にみみずが干乾びて死んでいる。
幾日も日にさらさるるみみずなり乾び干乾び一寸ほどに
この暑さ夜間這ひ廻るみみずかな朝には干乾び死にゆくものを
みみずに幸せなどいふものあるか日に照らされて死にゆくものに
8月4日(月)
もつとも身近にある死の世界日々干乾びてみみず死す
みみずの屍踏まぬやうにと歩くわれ右によりまた左に傾く
この世からあの世へ渡るところには蚯蚓の死骸あまた干乾ぶ
8月5日(火)
がの蓋に映りたりああこの時を見張られてゐる
逼塞感ただごとならず隠りゐて便器にしばし便ながしをり
8月6日(水)
いづこにも線状降水帯湧きだせり。扇子、sense、センスを吹き飛ばしたり
コカ・コーラに氷五つを入れて飲むあまりの暑さは氷を増やす
少しばかり甘い飲み物が欲しいときコカ・コーラ飲む、黒い液体
8月7日(木)
ハンディファンを今年も使ふ交差点に首すぢあたりに風を当てたり
わづかではあるものの風が吹き来れば生き返るごとし歩みは停めず
右手にはカップ珈琲、左手にハンディファンをぢぢいが歩く
8月8日(金)
この暑さゆゑにかあらむ幾たびもティッシュペーパー鼻に宛てたり
鼻水は老いの所為かも近年は特に酷くてティッシュはなせず
ティッシュを小さく丸め持て余す捨てる処あれば顔がほころぶ
8月9日(土)
卓上のに立ちのぼる湯気見ゆしあわせが立ちのぼる見ゆ
手にふれてコーヒーの湯気のあたたかし右と左に妻と向き合ふ
深き緑のコーヒーカップ卓上にまぎれもなく湯気たちのぼる
8月10日(日)
失敗した印刷用紙の裏側を四つに切りてメモ用紙とする
A4を二つに切りてそれぞれにまた二つにしてメモ用紙となる
このメモには何を書くらむおそらくは短歌にかかはるあれやこれや
8月11日(月)
この空の明るきひかりを自衛隊の輸送機らしきが訓練すらし
爆音のときに聞こえてマンションの空高き上輸送機飛びゆく
おそらくは米軍機も駐留し厚木基地有事に備へたりけり
8月12日(火)
後尾灯の赤き点滅まぶしくて午後七時半県道51号線
つぎつぎに後尾灯つづまるごときな り信号赤に待ちたり
くもり空が圧しくるやうに暗くして後尾灯の赤点滅したり
8月13日(水)
冊子・本いく冊か重ね縛りたり紙ごみとして捨つるもやむなし
この中には捨ててはならぬ本があるされど仕方なし老いたればなほ
ゴロゴロと音立てて運ぶ冊子・本われを棄てたるごとき思ひに
8月14日(木)
一串に四つみたらし団子が繫がりてわれも頬張る妻も頬張る
口の周りに団子の蜜のまつわりて幼子のごとき老爺なりき
上手にみたらし団子を口に入れもごもご申すわが妻なりき
8月15日(金)
田に降りて白鷺細き肢はこぶ稲穂だれて乾ぶるところ
乾びたる地に雨蛙も干乾びていきかへりこぬか乾燥がへる
籾重く穂に垂れてそろそろ刈り時なり黄金の時をただ惜しむべし
8月16日(土)
平家の興亡の亡を語るとき琵琶法師長く敗者を語る
を主人公にして『茜唄』上下ついやす清盛の子を
清盛がもっとも愛せし知盛の最期のことば「見るべきは見つ」
清盛の新しき像細心にて貴族を信ぜず上皇をうたがふ
問題は後白河法皇をにありにけり義仲も義経も平家も滅ぶ
8月17日(日)
汽鑵車が真夏の森を抜けてくるみどりの色に染まり出てくる
カーブするときに警笛ひびかせてみどり穂をなす草原抜ける
汽鑵車の音立てて来る平原に窓から落とす毒薬の瓶
8月18日(月)
人を憎むはわれならむかな些細なることに反応したり
これの世に戦乱なくなることぞなき人を憎むもやむことなきか
夜の暗きに唐突にミサイル、無人飛行機都心を襲ふ
8月19日(火)
重ねたる本の数冊。読み、読まねばならぬしかし読み得ず
つぎつぎに読みたき本の名をあげる。その半分も読むことかなはず
長谷川二郎の二冊の文庫気になれど現代推理小説がおのづから先に
8月20日(水)
積みあがる本の山よりてくるまだ読むことなかりし小説
女性の書く『京都異界紀行』新品のまま読まぬが出てくる
古びたる『神屋宗湛の残した日記』、全く読まずに山より出づる
8月21日(木)
肥満型と痩型の女二人肩をならべて日傘を開く
一人は黒いワンピースもう一人はのしゃれた服いづこへ行くか肩を並べて
この道を行けば間近に駅がある改札入れば二別れする
8月22日(金)
『血団事件』『荷風のいた街』『精霊の王』読まねばならぬ文庫三冊
本と埃の山の中から救ひだす『世界の果てまで連れてって!…』
読まねばならぬ古井由吉『この道』を埃払ひつつ拾ひあげつ
8月23日(土)
毎日々々かんかん照りの世の中なりわがからだ溶けてなにものならん
かんかん照りとふ語を思ひだすこの暑さこれくらいではこの暑さ謂へず
暑さ、あつさ この汗だくのシャツを脱ぎ洗濯機のなかシャツ積もりゆく
8月24日(日)
キッチンの総入替に時を合せホテルへ逃げ出すわれならなくに
外界は酷暑なり。冷房の度合高めてこの部屋出ず
朝がらすここにも鳴くや。目覚めたるホテルのベッドの頭の上に
8月25日(月)
海老名駅の南も暑く、サングラスに暴漢きどれどかよわき爺
四階のスターバックスに席を得て、ガラス戸にむかふ。空を見てゐる
雲一つなき夏の空かくもかくもぞわが左右の人
8月26日(火)
一日目の夜にビナウォークを訪れてカルディにふおやつ三点
この世ならぬホテルの部屋にこもりをり。煙草の臭ひ気にはしつつ
禁煙室は満室なりき。わが入る喫煙室はわづかに空きあり
8月27日(水)
目の前の中華料理の店に入り青椒肉絲・酢豚の定食
二日目は妻が買ひ来し黒ビール、寿司盛合せ山葵を付けて
キッチンの新調の音を考へて三日ホテルに暮すわれなり
8月28日(木)
不覚にもきのふけふとはおもはねど花散る下に死のにほひあり
われはまだ命存してあるものを定めのゆゑかおとろへたりき
入相の鐘のひびきを滅びへの報知とぞきく。山くだりきて
8月29日(金)
滅びゆくわが肉體の膨満す。わが死の後のみにくきすがた
身の憂さも忘じはてたる軀なりけり。淫楽に遠し臭骸を抱く
朝があす遠くに鳴きて膨張するからだ求むるかと
8月30日(土)
九竅より血や体液の沁みいづるくるところに沁みだす悪臭
わがより溢れだすもの地にたまり、臭ふぞ。そこの沁みたるところ
悪臭は死にたるわれの臭ひなり。この地の臭ふ、逃れがたかり
8月31日(日)
山墓に捨てられて腐る。からうじてかたちたもつか醜きばかり
ほぼ腐り目玉も口も爛れたりああみにくきよ見るにあたはず
ほんたうはこの世にありし怨みごといひたけれどもすべあらざらむ
9月
9月1日(月)
肉體が滅びはてたるその姿みにくきばかり路傍に目る
滅びけるがかくのごとき色になる皮膚裂けてみゆ。湮滅の相
死の色をうにまとひて悪臭を散らしてこれぞわがなり
9月2日(火)
鳥辺野に遠くあらそふ犬の声われも食はれむ鳥やけものに
食ひちぎり、食ひちぎりけるけだものになんの怨みかあれば今言へ
憂きことも忘れてただに食はれゆく骨のみ残すこの感触よ
9月3日(水)
髪すらもちらばりわづかの骨残す。蛆虫たかり銀蝿蠢く
はかなしとおもふもすでに骸骨のすがたになればおどりだすべし
いつのまにか鳥辺野山に捨てられて蛆やけもののいたぶりものか
9月4日(木)
ばらばらになりたる骨の白さあり。霜にも似たり。さむきぞ、その
幽魂の震へも感ずることなきか黒き夜つづく鳥辺野山中
突然に骸骨たちの踊りあり。わが骸骨もいつか加はる
9月5日(金)
露のいのちたちまち消えての原にうつろふ塵となりけり
少しばかり明るくなりてはしゃぐなり。骨もちらばり何者にもあらず
我がおもふ。骨も崩れて塵となる、たのしもたのし人にはあらず
9月6日(土)
立ちのぼるけむりも消えて、わがありし。この世とやらも亡失のかなた
古き卒塔婆の泣くごとく鳴るさびしさに、風吹けばいのちはてなむものぞ
古きに埋めらるるかこのいのち。ただ何もなし、くだけはてつる
9月7日(日)
朝には紅顔ありて夕べには白骨となる人のさだめぞ
始めもなく終りもなきがこの世をばすごすぞ肯ふべきや
小町の髑髏の目にもの飾られて、あなめあなめと申す
絶世の美女も美男も死にすれば九相観にすがたあらはなり
9月8日(月)
公園の大き欅の影を出で太陽光の中にし入らむ
太陽のひかりの中に立ちあがるまぶしき女人
けやき大樹葉叢の繫りにすずめ数羽自由自在に飛びだしてくる
9月9日(火)
尾長鳥の三羽がつぎつぎに飛びこんでかすかに揺れありすぐに消えたり
まづ一羽があけぼの杉の葉叢より飛びだすつづけて二羽も飛びだす
あけぼの杉の繁る葉々より脱けだすはおそらく家族なりつぎつぎに出る
9月10日(水)
けふもまた大き欅の影に入りほっと息する安らかさある
けふもまた酷暑の報のありしかも耐へがたしわが軀変色したり
公園の砂利道をゆく右足と左足のバランス取れず
9月11日(木)
SAにつばめくる大きく廻り、低きにも来る
蓼科といっても狭き一隅のいろりの宿にこよひは泊す
蓼科の山の夕べに雨来り。ひとしきり激しく、やがて止みなむ
9月12日(金)
葉を洗ひ赤松の幹を伝ひくる。しばし雨降る、音立てて降る
赤松の葉にも照り葉のみどりにも一様に降る夕べの雨は
雨やみて遠くの連山を見はるかす。なほ奥の山かすみつつあり
9月13日(土)
廃墟のごとき外観なれど人多し。熱きを好みたりしか
尖石の庭に大きな栗の木あり。小さなの実、日におして
栗の木に射すひかりあり。曇り日をわづかにとどく照らす
9月14日(日)
激しき豪雨の後にたちまちに雨滴るみどりの山は
尖石の記念館のがちゃがちゃに、仮面土偶を得る。さてもやったり
雨あがれば蟬鳴く声の忩忩し。森の中なる露天湯に沈み
坂登りめざしにくる。しづかなる池は浮かべり
9月15日(月)
鶺鴒があけぼの杉に没入すすぽっすぽっと三羽が消ゆる
あけぼの杉の葉叢にこもり音もせず鶺鴒いづくにゆきしものかな
真緑の夏のメタセコイアにかくれたり鶺鴒、鳩がしきりに鳴けば
9月16日(火)
蹴上げたるふくらはぎの痛さは筋肉痛。歩き過ぎたる昨日の歩み
けやき木の間に見えける太陽光ときをり枝葉に隠れて見えず
わが行手に枝葉大きく広げたる欅のむかう鋭きひかり
9月17日(水)
トーマス、バージ―、ゴードンの名を呼ぶ孫の声の大きさ
トーマスのテレビ番組の始まれば画面のまん前孫は動かず
むちむちのからだを抱けば老いの軀も少しは若くなりたるものか
9月18日(木)
けやき木の大木の葉の繁るところ空の青さに翳りを作る
欅樹の広き木影に入りゆきて少し体温も低くなりゆく
けやきの翳りなす所にけさもまたホームレス一人ものを考ふ
9月19日(金)
稲の穂の稔りの真中の畦道をたどらむとするに稲穂垂れ來る
黄金の稲穂稔ればやうやくに気温下がるか海老名の田圃
田んぼの土の干乾び虫も死にすれば鷺もより来ず炎天のもと
9月20日(土)
つる紫のむらさきの茎切り刻みねばねばはそれいのちのねばり
モロヘイヤをこれも刻めばねばり出る叩けばさらに粘液出づる
C級のトマトの大きを三箇ほどぶら提げてトマト屋の出口を出づる
9月21日(日)
自動車の音もいつになくしづかなり猛暑に街に出るものなし
どことなくしづかなこの世ガラス越にさがみの野をば九階に見つ
世の中はこの猛暑にてもて余す日々のなりはひもしづかなりけり
9月22日(月)
戸を開けばまぶしき灯火の悪魔の部屋。夜のトイレのかくも怖ろし
くらがりを手にさぐりつつトイレへの廊下伝はる足弱なれば
便溜ればおのづと流るトイレなり坐して小便めんだうくさき
9月23日(火)
刈れ果てた耄碌の身にももて余す欲情あらむせむかたなしに
もうとうに役にはたたぬわがペニスひねこびてちぢむわれのものなり
白きもの多くをまじへわが陰毛なさけなしなにも役にはたたず
9月24日(水)
西に向き欅樹透し太陽にまむかふときぞわれのみにして
太陽と吾がむかいあふ。まぶしさに負けてはならず欅越しにて
いくつかの吸殻、砂場に落ちてゐる昨夜ここに謀反の企て
9月25日(木)
一週に一度の水道水質検査けふも忘れず管理人に届く
朝の歩みは方角違ひ水道の水質検査のプラ壜持ちて
プラ壜のからっぽを家に持ち返る来週の検査わすれてはならず
9月26日(金)
電気釜に飯焚き、蓋を開ける時しあわせの香われひとりじめ
電気釜を開けば信濃の米の香のこれ旨いぞとしゃべるが如く
炊き立ての飯を喰らへば旨しうまし幾杯も喰らう餓鬼にはあらず
9月27日(土)
満面に笑みをたたへる妻の顔エレヴェータに降りゆくなり
エレヴェーターに上り来る窓に妻の顔みえて私の顔もほころぶ
エレヴェーターの窓より見ゆる駐車場わづかなれども幾台かみゆ
9月28日(日)
ぐしやぐしやのわが魂を苛むか老い病むわれの怯へたりけり
朝からポツンポツンとふる雨はやがて台風の降雨とならむ
伊豆半島のあたりを線上降水帯災害招くほどに強く
9月29日(月)
台風の去りし後には天上はやうやう晴れて地上は濡るる
各地に線状降水帯あらはれて水害、災害、土砂崩れ
激しき雨の時間を耐えてゐる窓を壊すが如き雨なり
9月30日(火)
二・二六事件の謎にかかはりし通信傍受いや盗聴のこと
知らされず青年将校ら銃殺され盗聴のこと闇に埋まる
死にするは青年将校のみにして陸軍参謀ろくなことせず
10月
10月1日(水)
青年将校の身を弄ぶ盗聴の真実いまも録音盤に
青年将校らを騙さんと電話を傍受する卑怯なりとりまく戒厳部隊
いつの世も若きがつぶされ生き残るは老人ばかりせんなきものよ
10月2日(木)
かくも勝手に私用電話を傍受して権力側は反省もなし
二・二六事件にかこつけて北一輝、西田税の電話傍受す
われわれの携帯電話も傍受され詐欺電話とやらに利用さるるか
10月3日(金)
日本に二発の原子爆弾を落としてより各国それぞれに核を作る
これの世に戦乱なくなることぞなき各国に核のやむこともなく
人を憎むはわれも彼も些細なことに怒るぞわれらは
10月4日(土)
西の山、連山もこもこ夏の山ことしは猛暑にいつまでも夏
大山のいただきあたりを隠したる黒き雲あり雨雲ならむ
われが立つ、上空いまだ青きところ。曇り空なれど、陽が差してくる
10月5日(日)
公園のけやき大樹に繁りあふ枝葉を透し朝の陽が差す
ひむがしの平野にはあやしき雲のゐるあやしきひかり湛へながら
鳥の声なにかおしゃべりするごとくいくどもいくどもこゑ鳴き交す
10月6日(月)
愛欲に溺れて何が愉しかろ地獄へ堕ちても悔いなかりけり
赤飯を喰ひすぎて地獄の古き構造をおもふ。夕べの雨過ぎてゆく
祝いもなく赤飯喰へばなんとなく心たのしも身体もはずむ
10月7日(火)
いつせいに朝焼けの空、雲がピンクに染まる束の間
束の間の全天ピンク地獄も極楽も人の工夫か
しかし、地獄・極楽思へばたのしだからこそ昔の人は思ひつきたり
10月8日(水)
少し濡れたる砂地を歩く。わづかな足跡まっすぐに行く
曇天の朝の公園しづかにてけやきを透す太陽見えず
いつもならば公園のけやきの木を透し朝のひかりのまぶしきばかり
10月9日(木)
今日もまた公園のけやき樹に立ちむかふ。激しき光を透かしながら
見る具合にあはせ太陽の激しきひかりを避けてぞ歩む
あひかはらず砂地にスパイクの跡残し、少年たちはサッカーをする
10月10日(金)
突然に秋めく日あり。桜木の枝から落ちるさくらのもみぢ
散りはじめふらりぽつりと流れゆくさくらの古木の幹に手をやる
さくらのもみぢを踏むわれもけもののごとき喜びにゐる
10月11日(土)
朝ガラス鳴けば諸鳥の声聴かずカラスの天下か周囲を飛べり
カラスの声が聞こえぬところにスズメゐて愛らしきもの鳴き交すなり
イカルかもカワラヒワかも私には見分けがつかぬ野の鳥が飛ぶ
10月12日(日)
櫻井翔のへたくそ演技それでもドラマ「放送局占拠」楽しむ
へたくそな役者はあまたありされどもかこむ名優あらむ
名優にかこまれへたくそ役者ども意識せざるか一向に駄目
10月13日(月)
妻はゴッホ展に上野まで私は家に浄土考ふ
浄土を描く源信の言葉過剰にてときに辟易することもある
『往生要集』には地獄なく浄土多い言葉過剰に褒めたまひけり
10月14日(火)
路上には鴉の羽一つしばらく行くと鳩の羽。争ひありしか
鴉と鳩の争ひの跡どころ。どちらが勝ちか、これはわからぬ
おそらくは鴉が勝つか鳩どもは圧服されてこの地に居らず
10月15日(水)
鳩どもは何を狙ってマンションの屋上にゐる六羽そろつて
鴉が疾に追ひ払ふ鳩どもと思ふに六羽来てゐる
よく晴れたマンションの屋上に睥睨すこの世はすでに鳩どものもの
10月16日(木)
踏切を電車が通る紺色の相鉄線の長きが通る
踏切が赤き点滅を繰り返し行先不明の相鉄線が通る
踏切がしばし音立て自動車の行方をふさぐ通過するまで
10月17日(金)
ぽつ、ぽつと雨が雲よりこぼれをり太陽上るひむがし明し
けやき樹のかなたたしかに日が上る而るに雨はぽっ、ぽつり
降る雨に少しは濡れて冷たさありその冷たさは膚にここちよし
10月18日(土)
けやき樹の葉の間より太陽のひかり透けるがまぶしきばかりに
けやき樹のむかふは浄土かひむがしに広がるも明るき。空が見ゆる
彼岸花は太陽への手向けひかりを背に供華は花咲く紅の花
10月19日(日)
ペットボトルのキャップをあけて水を飲む薬一粒、一粒飲んで
バクトラミン・リクシアナ・セレスタミン・アクシロビル
毎日の朝の薬剤六錠を飲み終へて息吐くときのやすらぎのあり
10月20日(月)
公園の木々にスズメら遊びたり鶺鴒二羽も混じりて遊ぶ
すずめらのたちまち木々を抜けだして電車が通る柵に集まる
鶺鴒も雀の後を追ひかける二羽のうち一羽がす早く糞垂る
10月21日(火)
雨、雨、雨、そして雨……一日中雨が降る。またまた雨なり
雨のため湿度も高しわがからだをおさへこむやうに低気圧が通る
雨の日はどんよりとして心晴れぬ老いたるわれなりを動かせず
10月22日(水)
この人はわが新歌集を深く読んでくれる贈呈すべし住所録の中
この人はおざなりにしかわが歌集読まざりしものなれど寄贈す
歌集を送る住所録の氏名・住所をたしかめて人の行方の興味深く
10月23日(木)
この夜にも幾万組のまぐあひがおこなはれけむ涙ぐましき
幾人のおみなご懐妊したるものか産めよ増やせよは遠きものなり
もう疾うに役に立たざるわれならむ然れども性欲消ゆることなく
10月24日(金)
この間まで九月であつたがもう十月、時の速さに驚くばかり
この年もあと三か月を残すのみ何なし得たか悔やむばかりぞ
このやうに時の推移を速やかと感ずるも老い、老い深くなるか
10月25日(土)
けやきの木に秋の空。日の明けて雲ぞ自由に動きたりけむ
雲の動きゆつくりとして明けがたの公園はあやしき色に変はる
歩きゆくに雨の跡どころまた自転車の通り道でこぼことして
10月26日(日)
愛らしきすずめが垣に入り、そして飛び立つ曇りの空へ
朝ごとにすずめ集まる処ある、けふは公園の巨大な欅
公園を取り巻く木々に秋の葉のあればすずめら枝に集まる
君子は戦はざればそれまでだがひとたび戦へば必ず勝つ
10月27日(月)
コスモスとひまはりの花ともどもにひらく小径を歩みゆくなり
秋の花と夏の花とが混在す今年にもっともふさはしき処
コスモスは涕したりきひまはりは得意気に咲くこの小径なり
10月28日(火)
公園の砂地に自転車の轍あり凸凹として歩きにくし
砂地をいろどるあまたの轍、自転車がつけしものなり歩きにくし
けやき樹の下通るとき轍を踏みし老いがつまづく
10月29日(水)
けやき樹に隠りて泣くはすずめらし愛しき声に鳴きつつ移る
けやき樹より飛びだすセキレイ航跡の後追ふ一羽も去りゆきにけり
鶺鴒の航跡上下に美しく飛びゆかむとす遠くの木々に
10月30日(木)
公園の西と東に金木犀。甘き香りの充満したり
ことしは金木犀に花つかずと言いしそばから香り來るなり
この甘き香りにいつもの死者を思ふ三十年たてど君をおもふ
10月31日(金)
公園の砂地の轍に足取られふらつく老いを誰も見てゐず
けやき樹の上に広がるマンションの誰一人としわれを知らず
公園の木より飛びたつカワラヒワ海老名の鳥なりもっと顔出せ
11月
11月1日(土)
熊に襲はれ死ぬもよからう一撃に倒してくれるものなればこそ
苦しみて死へおとろふるを畏れつつしかしなんともなすことあらず
だんだんに苦しみを経て死は来るいたしかたなしなるやうになれ
11月2日(日)
セキレイの呼ぶ声聴く声二羽がゐて欅の鳴き移りつつ
すずめごの声かしましく公園の囲りの木々に鳴きやまざりき
金木犀の甘き香りに包まれてすずめらが鳴くたのしきものよ
11月3日(月)
もうとうに役に立たざるわがペニスただ小さきが垂れてゐるなり
役立たぬゆゑになくなればよしとおもふとはいへ簡単に無くならぬもの
あらあら不思議。夢なれば役に立つ女もをりき
11月4日(火)
これの世に悪しきこと良きこととりどりに幾つもあるもの人の世なれば
この生に歓び悲しみあるもののそれでも少し楽しければよし
生きるために切磋琢磨す。あれこれとあれどただ平穏であること祈る
11月5日(水)
水仕事すればトイレに行きたくなる冷たき水は秋の水なり
秋の水、蛇口よりほとばしり皿、碗を洗ふ水流となる
蛇口よりほとばしり出る秋の水。冷たく思ふがそれもよきなり
11月6日(木)
これの世の戦さ好きたちにもの申す人を殺すこと即座に辞めろ
ガザ地区にいくたりの死者。イスラエルなど作らねばよし
すべてを寛容にこそすべきなり調子に乗るなイスラエル軍よ
11月7日(金)
葉のみにて花も実もつかず石榴の木少しひょうげて夜半踊りだす
花も実もつけずに一夏すごしたり葉々の緑のただ濃くなりて
三本の石榴それぞせんじょうでれに花も実もつけず葉々を濃くする
11月8日(土)
朝一巡り午前・午後にも巡りたり毎日歩くも筋肉付かず
大欅の木をめぐりきてわがマンションの九階へ帰る
朝は伴ふ人もゐず午前・午後にはぼちぼち人が
11月9日(日)
斑雲があかねの色に明けてゆく公園のけやきの木もあかね色
太陽は大山山頂付近も朝焼けの色に染めたり。明けてゆくなり
だんだらの雲あかねの色に染め十月中旬の空明けてゆく
11月10日(月)
やうやくに金木犀の木の花の匂ひくるなり道筋の角
大きめの金木犀の木がありきやっとこの頃香りはじめる
金木犀の小さなオレンジ色の花むらにわが鼻寄せて香りに浸る
11月11日(火)
死者のこと思へるわれは生者にて死すればすべてが曖昧になる
死者のこと思はねば死者はまた死にす死者は迷ひて成仏できず
生きてゐるうちに死者たちを思はんか思へば死者も死者としてある
11月12日(水)
金木犀のつぶつぶの花の盛りなりこの木が香るとき死者が来るなり
金木犀の香りあり。我が亡き友を思うひと時
ことしは一ヶ月遅き金木犀。それでも健気に香りくるなり
11月13日(木)
鳩どもがマンション、隣のマンションをも領するごとく翔び回りけり
羽を落し九階の廊下にも来るような素振りを見せて屋上へ行く
屋上と隣のマンションのエレベーターの窪み鳩の居場所なり
11月14日(金)
朝ガラス鳴けばいづこに鳩どもは逃ぐるかむかうの公園の木々
公園にはすずめが領するけやきあり鳩がゆきてもすぐに立ち去る
本当は嫌いなカラスしかしよく鳩を追い払へさすればよきなり
11月15日(土)
雨ふれば赤いパラソルの妻がゆく九階のベランダにその行方追ふ
雨の昼は気圧が重く立ち上がりしもはればれとせず
うづくまるごとくに部屋の中に坐す手足もなべて自由にならず
11月16日(日)
鳩の羽処々方々に落ちてゐるからすとの戦争に敗者となりし
雨降れば鳩の羽濡れ足に踏むよしよくやった鳩の敗北
鴉らの勝ちの遠吠え響くなりマンションの鳩消えたるかなや
11月17日(月)
ひさびさの日出のひかり生きるべきなりと言ふが如くに
空の雲あかね色して明けてゆく雨の日続くその後の朝
朝のひかりの中をからす二羽上下に飛びて空を翔びゆく
11月18日(火)
弱き葉が先んじて落つるかももぢには早き楠木まだみどりなり
一枚一枚踏まぬやうに歩く公園の内それでも葉を踏む
枝から落ちて紅葉のやうな色なせど木にはみどりの濃き葉の繁り
11月19日(水)
いつもの公園には老人チームが陣取って草刈りなどを行使してをる
一人一人が鎌だったり熊手だったり籠だったりをそれぞれに持つ
何人かで話をしつつ草むしる、草刈る、草をまとめて袋に
11月20日(木)
われもまた腐臭を発する老人なり鼻腔を開き臭ひ嗅ひでる
わが腐臭後ろに曳きて歩くなり背後よりくる人皆怪訝
怪訝なる顔してわれを追越せる人よ聞きたまへ明日の自分ぞ
11月21日(金)
有隣堂本厚木店の地下へゆくにスロープがあると誰も教へず
何度目かの転倒は強く肩を打つ大丈夫ですかと優しき声す
大丈夫、大丈夫と言ひて立ちあがる肩の痛みを堪へてぞ立つ
11月22日(土)
ひさびさの太陽のひかり直差すにわが進むべき道を示せり
年寄るとはちょつとしたことにも涙する時代劇観てまたも涙ぐむ
涙腺の弛みて人の死をかなしめりただ時代劇の中なる死をも
11月23日(日)
ただいまの声を掛ければ、おかへりの妻の声なり。二人の部屋に
北側の空は晴れ、南側は雲多く雨降るか晴れかの境を歩く
けやき樹の中に隠りて鳴く声に白色鶺鴒樹に紛れゆく
11月24日(月)
壁に沿ふ柊の垣にわづかづつ花咲けば匂ふ甘く香り来
甘やかな匂ひたゆたふ冬の垣葉に尖りある柊の香
背の高き垣にあまたの白き花わづかに甘し、芳しきなり
11月25日(火)
スーパームーンの翌日の夜の東の空に明るく月ありにけり
その翌朝に西空高く残り月スーパームーンのなれの果てなり
然れどされどこの十六夜の月こそが愛しきものぞ西空に浮く
11月26日(水)
仙のことなど少しも知らぬが仙人に憧れて吉野の山をさすらふ
さくら散る奥千本に会ひにける鬼の末裔われかも知れず
顎髭を風に吹かれて登りゆきたちまち飛ぶか飛鳥上空
11月27日(木)
散歩するに相次ぎ次に抜かれゆくその後背を追ふ懸命に歩く
通勤する人に紛れて歩みゆく厚木駅までに幾人に越され
六時過ぐるとたちまち駅への道をゆくサラリーマンの数多きなり
11月28日(金)
いつの日かまほろば大和へ行きたしと思へど空より参ることなし
一度だけ大和を訪れる機会あれば飛鳥か山之辺の道、あるいは法隆寺
法隆寺の百済観音を仰ぎ見る小学生のわれ、亡失の時間
11月29日(土)
いつのまにか雨降りやまず檻の中の囚人のごとくざあっざあっと聴く
天からの報せのごとく雨やまずこの世から戦さ無くならず
髪のなき顱頂に雨の降りやまずこの世のものに非ざるわたし
11月30日(日)
水仕事すれば小便したくなる節理といへどやるせなきもの
ベルトを外しズボンずり下げ、ヒートテック、パンツも下げて小便をする
いつのまにか和製便器から洋便器へ小便も座る。大便と変らず
12月
12月1日(月)
バクトラミン、リクシアナ、セレスタミン、アシクロビル、マグミット錠、セレコキシ
朝食の後に七錠、夕食の後に四錠、喉に痞へて白黒の眼
そして寝る前にべレキシブル今は二錠、布団に包まる
12月2日(火)
冬の装ひかくも面倒なものなればいつそでも着てやらうか
便所に行き便をした後パンツ上げヒートテック上げズボンにベルト
天地の別れし時より冬なれば恐らく男女の装ひ異なもの
12月3日(水)
天の鬱気に圧せられわがにもこころにも何かが積もる
年寄りはれ鮨のごとく臭ひして癖あるも味には自信があるか
老いの臭さに辟易しつつ隠すやうに人のを脱けてくるかも
12月4日(木)
梅崎春生の『怠惰の美学』『ウスバカ日記』『桜島・狂い凧』『日の果て・幻化』
エッセイと小説をわれは分けつつ読み進むたいしたもんだ梅崎春生
かくのごとき作家が失はれ日本の小説界もわけがわからなくなる
12月5日(金)
これの世とあの世とどれくらい違ひあるかたちまちのうち
少しづつ衰ふるならそれもよしさあれ死神はいつでも来たる
死神とはいかなる神か。おそらくは静かなる神、常に平常
12月6日(土)
曇り空の少し明るむむかふには欅大樹の不可思議な色
まだ暗き公園のけやき黒く見ゆ黄葉落葉の散らばるところ
公園のけやきに秋のひかりあり伸びやかなりき黄葉を落とす
12月7日(日)
まだ暗き公園に吾が歩み入ればすずめ十羽ほどが飛び翔りたり
すずめごの数羽が鳴けば応じたるすずめゐる欅黄葉の枝葉の裡に
公園を歩き過ぐれば小さな虫。耳の傍にて羽音聴こゆ
わが耳の傍に顫音残し去りゆける虫の名わからず、しかし確かに
12月8日(月)
背黒鶺鴒が小刻みなる歩み止めたり草を咥へてわれから離る
わが前を背黒鶺鴒歩むなり飛ぶこともなく離りゆくなり
おそらくは背黒鶺鴒の仲間だらう欅黄葉の中から声す
12月9日(火)
背中まで衆目にさら神秘なしただ木を刻む木彫に過ぎず
仏からその神秘をも喪はせ博物館の円陣に立つ
とみかうみ左右歴然たるみ仏に神秘あれこそここに来たりし
12月10日(水)
追ひこされ、また追ひ越され、追ひこさる。情けなし、今のわたしの歩み
公園の先のあたりを目標に定めたりしも三人に越さる
どうしてもスピードがでないわが歩み。わづかの傾斜に躊躇したりき
12月11日(木)
エレベーターに降りゆくとき三階の廊下に赤き手袋ぞある
一廻り歩いて帰るエレベーター上がるにどこにも手袋あらず
エレベーターに窓がある各階の廊下必ず見ゆる
12月13日(土)
焼津へはヤマトタケルも東征に訪れしもの。われも焼かれむ
ともすれば長く立ちどまる吾れならむいつか焼かれむ日も遠からず
階段を降りるのが人より遅くして一段一段踏むやうにして
12月14日(日)
焼津へはヤマトタケルも東征に訪れしもの。われも焼かれむ
ともすれば長く立ちどまる吾れならむいつか焼かれむ日も遠からず
階段を降りるのが人より遅くして一段一段踏むやうにして
12月15日(月)
西宮神社にゑびすの神祀るその当日にわれら来しかな
縁日の露店の店のあまた出て賑はふ町に心楽しく
焼津駅から送迎車に道を上りゆく山の高きに一軒の宿
12月16日(火)
最上階の湯から望めば焼津港、町もひろがる。鬱懐ほどく
駿河湾のしづかに穏やかなる青き海。小泉八雲の片目にひろがる
ダルマの眼は常片目なり。しかれども八雲のために両目を画く
山口乙吉魚屋の二階。避暑の居と定めて海へ、八雲とその子ら
12月17日(水)
八雲さんのスタンプを押す少しの間妻の表情、・しんけん
八雲・セツの細かき書字の手紙読むお互ひを思ふ心に触れむ
12月18日(木)
盆の夜は精霊舟を送りだす。焼津の海をかなた遠くへ
時に遅れ小泉八雲は、遠く去る燈籠を追ひ水に入りゆく
流れゆき透かしの色を震はせて一つ一つのいのち散らばる
12月19日(金)
常に動く潮の流れに翻弄され念仏唱へ泳ぎゆきしか
一夜経て岸壁に坐る八雲がゐる。日暮れまでただ海の音聴く
この世のいつさいのものを忘れたり。怒濤はげしくはるかに続く
12月20日(土)
夜の闇に燐光わづか流れゆく明滅したりいのちむなしく
水に溺れ、憤怒と破滅と絶望に人死するとも海しづかなり
海の声聴きつつわれは厳粛なり。小泉八雲死者の世語る
12月21日(日)
巨大なる音の重なり焼津の海。古き世生くる八雲に逢へり
わが会へる小泉八雲老いたるに幽霊を語れば生き生きとして
12月22日(月)
赤いトマト・黄色いトマト・緑のトマトが笑ひ合ふ卓の上にはトマトの笑ひ
C級の傷あるトマトもトマトなりたいせつにあつかふ真のトマト
黄色いトマト・緑のとまとに蔕をとる妻の表情なごみをりたり
12月23日(火)
あけぼの杉の茶褐色の葉散り落ちてさう遠からず裸木になる
裸になる冬のあけぼの杉を愛す日暮れも朝もひかり浴びつつ
冬の木のあけぼの杉を仰ぎをりなにも纏はぬ幹と枝のみ
12月24日(水)
大学の同級生の死の知らせしかも彼女は自裁と告ぐる
その夫の連絡先を知りたれど勇気なしその死を問ふこと
理由あれどせめてもの思いはあの世こそ明るかるらむ
12月25日(木)
おほかたは信じざれども朝起くれば枕の横にプレゼントあり
少年の願ひを聞きてそのとほりプレゼント届く貧窮の家にも
鶏の足に喰らひつくなりクリスマスソングを聞きつつ
12月26日(金)
相模川下流域にはが小さき島なす。そのに川
湘南銀河大橋てふ大仰なる名の橋渡り北澤映月の絵を観むとして
松園に麦僊に師事する映月の絵の美しさなかなかなりき
12月27日(土)
おほかたは女性の絵なり。表情が重なるごとに細る
絵の女の若きは顔のくして、やがて伸びゆく大人びてゆく
「二面像」は、仏像のごとく手を開き光と影の顔二つもつ
12月28日(日)
「祇園会」の芸妓と舞妓とを描き分けその手それぞれに美しきもの
圧巻は「女人卍」。淀君を中心にして阿国・ガラシャに一葉・千代女
描きしはジェンダー論を観るごとしそれぞれに凛とした美しさある
12月29日(月)
男の絵を画くことなし。北澤映月の筆は華麗に女を描く
するどき眼、黄色い眼をしたきつね顔、さくらの花に蠱惑の舞妓
12月30日(火)
イタリアン・レストランの窓にほぼ枯れし楓が落とすのゆくへ
サフランライスを口に運びし沈黙に笑みうかべつつ嫗と翁
一葉落とし地上に着くまでの時の間を測るがごとくわれは見てをり
12月31日(水)
一年の埃を落とす本棚から本があれこれ言おうと無視す
叩き掛け本の山から山へ限りもあらず膨大なる本
一年の汚れを落とし新しき年を迎へんよき年であれ