今朝も晴れ、妻と少しだけ歩いた。
ひさびさの太陽のひかり直差すにわが進むべき道を示せり
年寄るとはちょつとしたことにも涙する時代劇観てまたも涙ぐむ
涙腺の弛みて人の死をかなしめりただ時代劇の中なる死をも
『孟子』縢文公章句上48-2 然友反命す。定めて三年の喪を為さんとす。父兄百官、皆欲せざるなり。故に曰く、「吾が宋国魯の先君之を行ふ莫く、吾が先君も亦之を行ふ莫きなり。子の身に至りて之に反するは、不可なり。且つ志に曰く、『喪祭は先祖に従ふ』と」曰く、「吾之を受くる所有るなり」と。然友に謂ひて曰く、「吾他日、未だ嘗て学問せず。好んで馬を馳せ剣を試む。今や父兄百官、我を足れりせざるなり。恐らくは其れ大事を尽す能はざらん。子我が為に孟子に問へ」と。
縢の世子が三年の喪をせんとすれど父母百官反対したりき
藤島秀憲『山崎方代の百首』
人間はかくのごとくにかなしくてあとふりむけば物落ちている 『右左口』
数多くの物を落しながら人は生きている。過去を振り向けば、それはそれは多くの物が落ちている。まったくその通りだから、説明は一切要らない歌だ。
しかし一方で、この歌には原稿用紙を千枚使っても書ききれないだけの私小説が詰まっている。
ふと口を突いて出て来たような言葉だが、ぎゅっと人生を濃縮している。短歌を作るとは人生を三十一音に濃縮することだ。二倍濃縮もあれば、百倍濃縮もある。それは歌人によって歌によって違って来るのだが、この歌はさしずめ千倍濃縮と言ったところか。
きぬた石いしのくぼみのありどころうす暗がりにわが涙垂る 『右左口』
昭和四十九年に『右左口』は出た。その十六年後に出版された『シンジケート』で穗村弘はこのように歌った。
ほんとうにおれのもんかよ冷蔵庫の卵置き場に落ちる涙は
設定は似ている。が、似ているから良いとか悪いとかの問題ではない。誰もが悲しい存在なんだなとしみじみと思う。方代も穂村弘も、どうしようもなく泣けてくる時がある。
それを三十一音という短い詩で表そうとしたから似ているだけのことだ。
(いやあ、私には、全然違うように思いますが……)