曇りだね。
台風8号、7号が近づく
台風が近づく時のときめきを誰にも知られずこの愉しさは
相米真二監督の「台風ゲーム」われは好みき
たうたつに河合奈保子とつぶやけり主人公の男の子は
『孟子』尽心章句上187 孟子曰く、「之にするに・の家を以てするも、し其の自ら視ることにたらば、則ち人に過ぐること遠し」
韓氏や魏氏の如く富貴を与へられても価値を認めず変はらず足らぬ気分なれば優れたる人
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『梁塵秘抄』植木朝子編訳
住吉は南客殿中 思ひかけがねはづしぞなき (二句神歌・神社歌・住吉・五四一)
【現代語訳】住吉大社では南の客殿で巫女に思いを縣けたれど、女は中遣戸の懸け金をはずした様子もないことだよ。
【評】住吉大社の巫女との恋の駆け引きを歌う一首。
「住吉」は大阪市住吉区にある住吉大社。境内には南北二つの客殿があった。「客殿」は客に応対するための殿舎。「中遣戸」は殿舎の間の引き戸と考えられるが、隣家との隔ての垣根を意味する。
「中垣」が、仲を隔てさえぎるものの譬えに用いられるのと同じような趣が感じられよう。室町時代末の流行歌謡・小歌に「生らぬあだ花 真白に見えて 憂き中垣の夕顔や(『閑吟集』)」(実のならないあだ花が真白に咲いているのが見えるだけ。二人の仲を隔てるつれない中垣の夕顔の花よ)と見える。「思ひかけがね」は「思ひを懸ける」の意で「懸け金」(戸締りの道具)につなげている。
『梁塵秘抄』には、
山のめは桜人 海の調めは波の音 まだ島巡るよな が集ひは中の宮 遣戸はここぞかし (三一三)
(山から聞こえる調べは催馬楽の「桜人」。海から聞こえる調べは波の音。また島巡りをすることだ。巫女が集まっているのは中の宮。立派に飾られた引き戸はここにあるのだよ)
といった一首が見え、厳島神社の社頭風景を歌っているとされるが、遣戸で隔てられた場所に巫女が集まっており、そこに感心の向けられている点は、当該今様と類似している。