2025年12月1日(月)

晴れて、気温も20℃近く。

  バクトラミン、リクシアナ、セレスタミン、アシクロビル、マグミット錠、セレコキシ

  朝食の後に七錠、夕食の後に四錠、喉に痞へて白黒の眼

  そして寝る前にべレキシブル今は二錠、布団に包まる

『孟子』縢文公章句上50 神農の言を為す者(きよ)(かう)有り。楚自り縢に之き、門に(いた)りて文公に告げて曰く、「遠方の人、君仁政を行ふと聞く。願はくは一廛(いつてん)を受けて(たみ)と為らん」と。文公之に処を与ふ。其の徒数十人、皆(かつ)を衣、(くつ)(う)ち、(むしろ)を織りて以て食を為せり。(ちん)(りやう)の徒陳相(ちんしよう)、其の弟(しん)と、耒耜(らいし)を追ひて、宋自り縢に之く、曰く、「君聖人の政を行ふと聞く。是れ亦聖人なり。願はくは聖人の氓と為らん」と。陳相許行を見て大いに悦び、尽く其の学を棄てて学べり。

陳相は許行に会ひて大いに悦ぶそれまでに学びしを棄て許行に学ぶ

藤島秀憲『山崎方代の百首』

信玄の隠し湯の中にすっぽりと首を残してつかっている 『こおろぎ』

山梨県と長野県を中心に「信玄の隠し湯」は十か所以上存在している。

肩までどっぷり浸かっているわけだが、それを「首を残して」と表わす。武田信玄は病死で、斬首されたわけではないが、こう歌われてしまうと、まるで信玄の首が湯に浮かんでいるよう。北斎は左利きと見抜いた方代だから、信玄の本当の死因を知っているのではないかと疑ってしまう。いたずらが好きな方代だ。

結句が六音。温泉でくつろぐような立場じゃないと、若干の居心地の悪さを字足らずで表現しているようだ。

日が暮れてあたりが見えなくなりしゆえ土に生えたるみ腰をあげぬ 『こおろぎ』

『青じその花』に方代は書いている。

そもそも短歌などというものは、詠みたいときに詠むもので無理に詠んでみてもそれは詠んだことにならないからだ。詠めない時は死ぬまで待っていればよいのだ。にがい、くるしい長い無駄な時間の静寥の重量だけが作品となって残るだけである。

きっとこのときも「死ぬまで待って」いるつもりで、あたりを日がな一日見ていたのだ。

締め切りに追われて歌を作っている昨今、こんな作り方が出来れば最高だ。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA