12月17日(水)

今日は起きるのが少し遅かった。天気だ。

焼津小泉八雲記念館

  八雲さんのスタンプを押す少しの間妻の表情、真顔(まがほ)・しんけん

  八雲・セツの細かき書字の手紙読むお互ひを思ふ心に触れむ

『孟子』縢文公章句下53 景春曰く、「公孫衍・張儀は、豈誠の大丈夫(だいぢようふ)ならずや。一たび怒りて諸侯懼れ、安居して天下(や)む」と。孟子曰く、「是れ焉んぞ大丈夫と為すことを得んや。子未だ礼を学ばざるか。丈夫の冠するや、父之に命ず。女子の嫁するや、母之に命ず。往きて之を門に送り、之を戒めて曰く、『往きて(なんぢ)の家に之き、必ずや敬ひ必ず戒め、夫子に違ふこと無かれ』と。順を以て正と為す者は、妾婦(せふふ)の道なり。天下の広居に居り、天下の正位に立ち、天下の大道を行く。志を得れば民と之に由り、志を得ざれば独り其の道を行ふ。富貴も淫する能はず、貧賤も移す能はず、威武も屈する能はず。此を之れ大丈夫と謂ふ」と。

藤島秀憲『山崎方代の百首』

このようになまけていても人生にもっとも近く詩を書いている 『迦葉』

ここからは最後の年、昭和六十年に発表された作品。

前年の十二月に自宅近くの診療所で肺がんと診断され、年が変わって一月十一日に藤沢市民病院に入院、五月二十五日に退院するまで長い病院生活を送る。

上句で自嘲、下句で自負。自身の人生を振り返って歌う。さんざん自嘲を歌って来た方代が最後になって堂々と「人生にもっとも近く詩をかいている」と宣言する。「書いてきた」と過去形にしなかったのは、生きていたい、まだまだ書きたいことがたくさんあるという思いであろう。

一片のレモンをふくみ手術後の口を漱ぎぬ生き返りたり 『迦葉』

肺がんの摘出手術を受けたのは三月十八日。

四句までの清廉なイメージと格調高い調べは、方代が持つ詩情が最大限に発揮されたもの。万感の思いがこもる「生き返りたり」と相まって名歌と呼んで良い一首だ。

この歌の一首前に置かれた<一粒のジャムの甘さが絹糸のごとく体をかけめぐりたり>もまた美しく繊細な作品。自分の命と体を事細かく見て感じていることが伝わってくる。

手術のあと方代は放射線治療に入る。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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