2024年12月8日(日)

朝から快晴。85年目の開戦の日である。無謀な戦争であったことを考え直さねばいけないのだろう。

  庭木々の石榴のもみぢ西風に吹かれて散り落つきわめて自由に

  石榴もみぢ黄色く小さき葉を拾ふその健康さうな葉の色なりき

  ざくろの葉落ちてぞ風にかたよりて暈なすところ色うつくしき

『論語』子路三〇 孔子曰く「教へざる民を以て戦ふ、是れこれを棄つと謂ふ。」

教育をしていない民を戦争させる。それこそ民を棄てるというものだ。ということは戦争はするんだな。そういう時代であるが、もう少し謙虚であってほしいものだ。

  教ふれば戦はせてもよきものか八十五度目の開戦記念日

『春秋の花』 飯田蛇笏
・積雪や埋葬をはる日の光り 『山盧集』(1931)所収。「簡勁蒼古」を称える風格が如実に顕現している。
しかも私は、東洋的なそれよりも、むしろ西洋的な情景を表象する。
  *
・秋冷のまなじりにあるみだれ髪

  雪原を喪服の老若男女の一団が過ぎてしづかに弔いの地へ

2024年12月7日(土)

快晴。朝は寒い。

  暗闇の机上に茶碗をひっくりかへすこぼれたる茶の領域ひろがる

  卓の上の茶を拭かんとし雑巾にティシュペーパーあわてるあわてる

  雑巾に茶をふき取りて雑巾のすこしく太るびしょぬれなれど

『論語』子路二九 孔子曰く「善人、民を教うること七年、亦以て戎に即かしむべし。」 後段の「戦争にいかせることができる」、つまり教化によってすすんでいのちをささげるようになる。これはどうなんだろう。当時、戦国の世であったとしても、孔子には言ってほしくない文言である。

  七年を教ふればすすんで戎に就きいのちをささげる兵隊になる

『春秋の花』 木原実
・『パンの略取』ひそかに持っていただけの思想犯の律儀さ

『象』21号(1995)所載「律儀な思想犯」17首のうち。……「思想犯は、いつでもおよそしかく「律儀」である。
・こなごなに砕けた富士 ひび割れた月がかたすみからのぞいている

  こなごなに富士を砕いてたのしきか衆議院五期つとめしものが

2024年12月6日(金)

朝は暗くて寒いが、日中は晴れて暖かい。

  西風に枯葉朽ち葉の吹かれをりカサリコソリト音頭を踊る

  一方に落葉吹かれて溜まるところ蹴散らして遊ぶ老いもゐにけり

  じゃり径の右手の小さな山茶花に赤、白ありて並ぶ木ありぬ

『論語』子路二八 子路問ひて曰く「如何なるをか斯れこれを士と謂ふべき。」孔子曰く「切切偲偲怡怡如たる、士と謂ふべし。朋友には切切偲偲、兄弟には怡怡如たり。」

  士人とは如何なるものか朋友に切切偲偲、兄弟には怡怡如たり

『春秋の花』 斎藤茂吉
・高ひかる日の母を恋ひ地の廻り廻り極り天新たなり 『赤光』(1913)所収。一九〇八年作「新年の歌」の一首。なかなか雄大な歌がら…
・わが船一つ空と海との中にありて地球の自転に逆らへるおもふ 五島茂
  *
・ほがらほがらのぼりし月の下びにはさ霧のうごく夜の最上川

  太陽をもなかに地球は回りをり地球は回る実感しがたし

2024年12月5日(木)

明けがた雲が多く寒かったが、やがて晴れて気温も上がってくるらしい。

  山茶花の花の白きが五弁にひらく冬の賜物この美しさ

  紅の花つけて山茶花ひらきたる少し古ければ花弁を散らす

  垣に添うて赤、白の花咲き並ぶ山茶花美し冬この季節

『論語』子路二七 孔子曰く「剛毅朴訥、仁に近し。」
端的でいい言葉である。そして、そのとおりだ。

  剛毅朴訥よき言葉なりかくあれば仁徳に近し疑ひもなく

『春秋の花』 太宰治
・一万五千円の学費つかって、学問して、さうして、おぼえたものは、ふたり、同じ烈しき片思ひのまま、やはりこのまま、わかれよ、といふ、味気ない理性、むざんの作法。 『二十世紀旗手』(1936)の断章。主人公の苦い「自嘲」がある。大学出の「自嘲」。大西巨人『神聖喜劇』第四部の断章、そこには主人公の烈々たる「他嘲」がある。
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「生活とは何ですか。」/「わびしさに堪へることです。」随想『かすかな声』

  一万五千円の学費を使っておぼえしは味気ない理性むざんの作法

2024年12月4日(水)

今日も朝は寒いが、晴れてくるようだ。

島尾敏雄・吉田満の対談『新編特攻体験と戦後』(中公文庫)。詳しくは本を読んでもらいたい。二人の特攻体験の違いと共通点が葛藤するように捩れ合って、実に奇妙な対談で、興味深いのだ。付録に付けられた橋川文三、吉本隆明、鶴見俊介の文章もどれも興味深い。

  池におよぐ鯉食ふこともなくなりて泥臭き身を喰はずてもよし

  赤白の鯉の泳ぐに餌をやるわが足もとに鯉があつまる

  集団になりたる鯉のおそろしさある鯉は全身を宙に踊らす

『論語』子路二六 孔子曰く「君子は(ゆたか)にして(おご)らず、小人は驕りて泰かならず。」

  孔子曰く君子は落ち着きいばらない対して小人いばっておちつかず

『春秋の花』 佐藤春夫
・顔はまっしろけで/こころは魔もの/抱かれ心地はこの上ないが/聞けば逢ふには命がけ  詩集『魔女』(1931)所収「俗謡『雪をんな』」掲出詩は、ずいぶん軽妙な出来栄えであり、なかなか魅力的な表出である。
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・さまよひくれば秋ぐさの/一つのこりて咲きにけり、/おもかげ見えてなつかしく/手折ればくるし、花ちりぬ。 詩『断章』

  外面如菩薩内心如夜叉若きをみなはみなかくのごとし

2024年12月3日(火)

朝は寒いが、以降は快晴、暖かい。

  おとろへて瑠璃の浄土をおもひをり心弱りかさうでもあるまい

  褐色の多く雑れるあけぼの杉じきに冬木に変る木の下に立つ

  (はちす)の弁のつらなる円形の(うてな)に坐す大日如来のきびしき表情

『論語』子路二五 孔子が言う「君子は事へ易くして説ばしめ難し。これを説ばしむるに道を以てせざれば、説ばざるなり。其の人を使うに及びては、これを器にす。小人は事へ難くして説ばしめ易し。これを説ばしむるに道を以てせずと雖ども、説ぶなり。其の人を使うに及びては、備はらんことを求む。」

  君子をば説ばしむること難し道以てこそよろこぶものを

『春秋の花』 斎藤史
・かそかなる心ほのめき粧へりぼたん雪ふり華やかなるも 『朱天』(1943)所収。

「雪の日における女性の内面の寂寥と外面の華やぎと。」
・ねむりの中にひとすぢあをきかなしみの水脈ありそこに降る夜のゆき

  雪のふる時少なきにふりだせば心はなやぐ、かなしみもあり

2024年12月2日(月)

晴れ。

『古事記』の現代語訳を読む(岩波現代文庫)。蓮田善明が訳したものだが、戦前国文学者としての活躍があり、招集されてマレー半島で敗戦を迎える。しかし、敗戦の責任を天皇に帰し、日本精神の壊滅を説く上官を射殺、自らも拳銃で自殺。ある意味「狂」を実現する。三島由紀夫の師のひとりであり、あの事件の誘いになった行為に危ないものを感ずる人もいるだろうが、この訳文は率直なものであり、詩歌の訳は俗っけもあって洒脱で楽しめる。いい訳本である。『古事記』を現代語訳で読むといったら、この一冊を薦める。

  軒近きところに見ゆる青空に淡き雲浮く夢のごとくに

  あけがたの雲多き空を見はるかすひむがしは闇いまだくらきに

  柊の小さき白き花あまた香る道まがり冬に入りゆく

『論語』子路二四 子貢問ひて曰く「郷人皆これを好みせば如何。」孔子曰く「未だ可ならざるなり。」「郷人皆これを悪まば如何。」孔子曰く「未だ可ならざるなり。郷人の善き者はこれを好し、其の善からざる者はこれを悪まんには如かざるなり。」

  郷人が皆これを好む、あるいは悪むいづれにしてもよからんものぞ

『春秋の花』 森鷗外
・僕にお金が話す時、「どうしても方角がしっかり分からなかったと云ふのが不思議ぢゃありませんか」と云ったが、僕は格別不思議にも思はない。聴くと云ふことは空間的感覚ではないからである。」 『心中』(1911)の断章。

〝『心中』は、鷗外作短編中の白眉であり、また近代日本短編中の屈指である。〟と私は独断している。
 *
・露おもき花のしづえに片袖をはらはれて入る庭のしをり戸

  しをり戸もいまでは見かけず両袖におもく降るかもさくら紅葉葉