



















けっこう涼しい。
朝まだきにちちろちちろと鳴く虫の下草に隠れ居場所わからず
下草のおどろが下に鳴く虫のちろろと呼べばちちろと応ず
けさもまた体幹ゆれて定まらず足弱かさなりふらりふらりと
『論語』顔淵一〇 子張、徳を崇くし惑ひを弁ぜんことを問ふ。孔子が言ふ。「忠信を主として義に徒るは、徳を崇くするなり。これを愛しては其の生を欲し、これを悪みては其の死を欲す。既に其の生を欲して、又其の死を欲するは、是れ惑ひなり。」
忠・信を経て義にいたるこそ徳をたかめん死を欲するは惑ひなりけり
『春秋の花』 堀宋凡
・雨すぎて蟬の声のみ打しめり客も主も声をひそめぬ
『茶花遊心』1987所収「しじま」
掲出歌と対の写真の置花の花は、羽衣草、とこなつ、金魚草の三種。
・閑かさや岩にしみ入る蟬の声 芭蕉『奥の細道』 連想するのは歌題「しじま」語句「蟬の声」も共通に由る。
・ゆめどのはしづかなるかなものもひにこもりていまもましますがごと
会津八一『鹿鳴集』
おのづから思い合わせるのは、歌題「しじま」と歌のしらべの相似による。これは「閑寂の相」である。
・大原女は買ふてたもとて京の町三市にゆれて声うすれゆく 堀宋凡
しみ入りしは蟬の声なり木々めぐり枝にすがりて蟬の鳴く声
実はこの9月25日夜、高熱を発し、救急搬送されました。ほとんど記憶がありません。
そして10月9日に退院しました。それから2週間、やっと今日から「さねさし歌日録」
を再開しようと思います。
涼しい。このまま涼しければいいのだが。
けさもまた体幹ゆれて迷歩するこのざまがいまのわたくしならむ
封書一通、途中で贖ふ麦茶持ち大山は白き雲に隠るる
やうやくに朝桃色に明けてくるひかりの中をふらりふらり
『論語』顔淵九 哀公、有若に問ひて曰く、「凶作で費用が足りないが、どうしたものだろう。有若対へて曰く、「いっそ徹(一割の税)になさっては。」「二割でも足りないのに、どうしてまた徹にするのか。」有若対へて曰く、「万民が十分だというのに、殿様は誰と一緒で足りないのでしょうか。万民が足りないというのに、殿様は誰と一緒で十分なのでしょうか。」
万民の言ふこと聞かねば王に足らず聞く耳をもつことがたいせつ
『春秋の花』 佐藤春夫
・つつましき人妻とふたりゐて/屋根ごしの花火を見る――/見出でしひまに消えゆきし/いともとほき花火を語る。 『我が一九二二年』(1933)所収。『遠き花火』
私の十代後半時代に私が読んで感銘した。それから七十余年後ないし六十年後の今日、依然として掲出詩が私に浅からぬ感動を与えるのは、詩が古びなかったゆえか私が精神的に生長しなかったゆえか。否、それは、詩の魂と私のそれとの双方が少しも老け込まなかったことをこそ物語るにちがいない。
・淫蕩な女が/純潔な詩集を愛読した/純潔な詩集の著者が/淫蕩なその女を愛撫した (四行詩)
佐藤春夫のこの手の詩には反応せず花火も淫蕩な女もわがものにあらず
朝方雨が降っていた。気温は少し下がっているようだが、湿気がある。
朝方は小雨なれどもほぼ全身濡れて歩くには難儀なりけり
傘さして歩くは本意ならずしてただ雨濡らす木々をみてをり
百日紅の赤き花まだ着けてゐる木下歩めり足弱なれど
『論語』顔淵八 棘子成曰く、「君子は質のみ。何ぞ文を以て為さん。」子貢曰く、「惜しいかな、夫の子の君子を説くや。失言はとりかえしがつかないものだ。文は猶質のごときなり、質は猶文ののごときなり。虎や豹の毛をぬいたなめし皮と同じようなもので(質だけにしたのでは君子の真価は表れないもの)だ。
衛の国の大夫の言はんは質朴にあればは子貢には頼りなきもの
『春秋の花』 正岡子規
・夕顔の棚つくらんと思へども秋待ちがてぬ我がいのちかも 『墨汁一滴』1901
「しひて筆を執りて」十首中の一・
・いちはつの花咲きいでて我目には今年ばかりの春ゆかんとす
なんとも凄絶である。
今年ばかりと思ふときわれにもあるものをこの幾年か年暮るるころ
朝から細かい雨が降っていて歩きに行けない。
冬の眠りに安穏の日を過ごしたし天皇制の在ることを憎む
一木一草森羅万象にひそみたる天皇を忌むはわれなり
天皇制がつくる貧富・正邪を許せざる長き世経ればわれも老いたり
『論語』顔淵七 子貢、政を問ふ。孔子が言ふ、「食を足し兵を足し、民をしてこれを信ぜしむ。」子貢曰く、「必ずや已むを得ずして去らば、斯の三者に於いて何れをか先にせん。」孔子が言ふ、「兵を去らん。」子貢曰く、「必ず已むを得ずして去らば、斯の二者に於いて何れをか先にせん。」孔子が言ふ、「食を去らん。古へより皆な死あり、民は信なくんば立たず。」
政にたいせつな物は民の信、軍備にもあらず食糧にもあらず
『春秋の花』 横光利一
・蟻台上に餓ゑて月高し 『書方草子』1931所収「詩十篇」の一つ。私は、「月」を「寒月」ないし「冬の月」と感得する。横光死後、掲出詩を横光の文学的生涯を象徴するように思われて、ある同情的・哀傷的な感慨に捕らえられる。
・ひまらや杉萎えゆらぎつつしんと暑し鏡面をのぼる黒き蟻一つ
坪野哲久『桜』1940も、私の好きな歌であるが、こちらは、紛いもなく真夏の情景を表現している。
・兵士なほ帰り来らず菊となる 横光利一
懸命に蟻は幹の上をのぼりゆくその懸命は蔑しがたしも
今日も36℃になるらしい。朝から風が湿っぽい。
山尾悠子『ラピスラズリ』を読む。幻想文学と言うべきと思いつつ、その細かい設定、描写に驚く。冬眠者をめぐる、春の目覚め、いやいや凄い。ラピスラズリは、青金色でしょうか。俺はやっぱり山尾悠子ファンなんだな。
・幾何学の町に麺麭買ふ髭をとこπの算術今日咲き継がせてよ 『角砂糖の日』
ラピスラズリ凝りし色を掻きとりし聖なるものをわがものにせむ
秋の枯れ葉音立てて散る城砦に冬眠準備扉閉めゆく
春の日の目覚めをおもひ冬の眠りの準備に入る人形たちは
『論語』顔淵六 子張、明を問ふ。孔子が言ふ。「浸潤の悪口や、膚受のうったえが通用しないようなら、聡明といってよいだろう。浸潤の悪口や膚受のうったえが通用しないなら、見通しがきくといっていいだろう。」
悪口やひどいうったえをほぼ聞かず明と遠とを全ふすべし
『春秋の花』 大隈言道
・これのみやけふはありつることならむ松のみ一つおちし夕ぐれ 『草径集』1863
植物の「実」の落下が物静かに詠ぜられた。
・落ちし葉のひと葉のつぎにまた落ちむ黄なる一葉の待たるるゆふべ 若山牧水
植物の「葉」の落下を物さびしく詠ず。
・皐月ゆふべ梢はなれし木の花の地に落つる間のあまきかなしみ 同
植物の「花」の落下を物がなしく詠じた。
↓
花の盛衰
・牡丹花は咲き定まりて静かなり花の占めたる位置のたしかさ 木下利玄『一路』
・花びらをひろげ疲れしおとろへに牡丹重たく咢をはなるる 同『銀』
おのづから散りゆく秋の桜ばなくれなゐの色ものがなしけり