朝、まだ雨だ。曇りになるらしいが。
午後三時、卓に座りて茶を喫すしばしは頭の中は茫漠
人間の情念はいつもいつの世もテロルを欲す七十になれど
テロルを欲するは駄目なのかさうしかできぬ時もあるべし
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日夏耿之介『唐山感情集』
はすはをんなさ
うらみをながして
はすは女が啼きをほころばせるやつさ、
一すぢの香は匂うて紫色の巷にただよひ
笑を千金に買はれてに入る、
あゝ不仕合せな雨中のだよ。
桃 蕩女也
能く鎖恨
蕩女、啼痕破る、
一路香を生じて紫陌に飄い
千金に笑を買われて朱門に入る。
薄明なり雨中の魂。
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相馬御風編注『良寛和尚歌集』
人のもとより文おこせたりけり、此の頃は事繁し、事果てなば行きてあひ見んと、其後は音もせざりけり、一と日二た日こそ事しげからめ、いつかなぬかこそ事しげからめ、此の人とはに事しげき人や
事しあれば事しありとて君は来ず事なきときはおとづれもなし
【評言】平明この上もない歌である。しかも、よくも歌い得たるものかなというような感嘆の声を禁じ得ない歌である。幾度よんで見ても微笑の抑えがたきものがある。切なる人間愛慕の情があらわれているというよりも、ある種の人間に対する鋭い風刺感じられるからである。幾分ユーモラスな気持で歌っていながらも、やはりその人に対するなつかしさが掩うべくもなく現れている。その情があればこそ一首が聊かも冷やかさをも感じさせない。冷やかに人間を嘲るといったようなところは良寛には露ほどもなかったらしい。この種の歌はともすると冷嘲に陥り、意地わるい風刺に流れ易いものであるが、この歌にはそんなところは微塵もない。相手は何人であったか知れぬが、おそらくこの歌をおくられてもそう悪い気持はしなかったであろう。