今日は晴れていたが、横浜駅の人の多さにたまげたのだ。
トイレの扉、便器の蓋、ズボンを下げてパンツ脱ぎ、尻を降して便器に座る
いちいちに音たてて音するトイレなり西洋便器があたりまえなり
いまもなほ和風便器のトイレあるとうにわたしには小便も出来ず
*
日夏耿之介『唐山感情集』
やしよだ
争春舘さんェ
よしや女がそこでひどく又繁昌だねェ、
十里ちりはとぶ盤馬のみちか、
満頭香はむらがる閙妝のはなか、
あたしんちはよ。
杏 艶女也
争春舘、
艶女儘く繁華
十里塵は飛ぶ盤馬の路
満頭香は簇る閙妝の花
深巷は是儂が家。
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相馬御風編注『良寛和尚歌集』
なよ竹のはしたなる身はなほざりにいざくらさまし一と日一と日と
【語義】「なよ竹の」は「はした」にかけた枕詞と見るべきであろう。〇「はした」には「中途半端」というような意味もあり、「余計」とか「零余」とかいうよいな意味もあるが、ここではその後の意味則ち「余計もの」「つまらないもの」に使われているらしい。〇「なほざりに」は「世の常として」「深く心をとめずに」などの意味がある。
【大意】わしのようなつまらない者はまあそう大して気をもまずに平凡にその日その日を暮すことにしようよ。
【評言】これは決して自棄的な心持から出た歎声ではない。むしろつつましやかな静かな心の表現である。それは一首の調子でよく感じられる。一種の調子にはほそぼそとしたしめやかさと共に、静かなおちつきがある。「いざくらさまし」の句も「いざ」というような詞を使っていながら、全体の上に響いている響き方はやわらかである。放言といったような気分は寸毫もなくして、一首全体がしめやかさで潤うている。といってまた決して泣言めいているところなど少しもない。