母が家へ帰ってきた。母はまた、ずいぶんぼけている。今日も暑い。
夜の闇がつくった一首。これも季節外れか。
腰高に拾ふは沙羅の花にして浄らなる白、天上の花
真木悠介『うつくしい道をしずかに歩く』(河出書房新社)読みはじめ。
老いた日にしづかに私は歩くだらうこのうつくしき道のゆくまま
三日前、大戸屋から弁当食材をとった。
野菜黒酢、鶏肉黒酢似たやうなる味覚たのしむ甘やかなりし

母が家へ帰ってきた。母はまた、ずいぶんぼけている。今日も暑い。
夜の闇がつくった一首。これも季節外れか。
腰高に拾ふは沙羅の花にして浄らなる白、天上の花
真木悠介『うつくしい道をしずかに歩く』(河出書房新社)読みはじめ。
老いた日にしづかに私は歩くだらうこのうつくしき道のゆくまま
三日前、大戸屋から弁当食材をとった。
野菜黒酢、鶏肉黒酢似たやうなる味覚たのしむ甘やかなりし

夜、くらがりで妻に書きとってもらう。季節がずれているが。
春の日に途方に暮れて立つくす二、三分咲きの花のもとにて
22日から今までコロナの妻と私に、もっとも献身的な手当てを行なっていた娘が今日からいない。
コロナ禍に罹りくるしむ妻の軀を真摯に娘は看病したり
尾崎真理子『大江健三郎の「義」』(講談社)読了。大江の小説には、隠れた三本の柱があるという。柳田國男であり、島崎藤村、平田篤胤である。西洋の知性に格闘した大江を含む四人の日本人を追って、いやあ実におもしろかった。柳田、藤村を繋ぐのは平田国学であり、奇妙このうえもない。
大江健三郎が柱にしたる國男、藤村、篤胤いづれも田舎びとなり
藤村の『夜明け前』読みしは幾年まへ圧倒的なる青山半蔵

コロナである。しかし入院はさせてもらえなかった。熱もそれほど出ていなかった。喉、咳があるものの、それほどではないということか。娘と1時過ぎ帰ってきた。タクシーの運転手の機嫌が悪い。ハートフルなのに。
恋ごころ繁みこちたみあたらしき人ありにけりわが恋しけり
コロナ禍に罹りたるか咽頭の狭く苦しきとき過ぎにけり
ひばりらしき高飛ぶ鳥の声ぞしてえびな田んぼの青く直ぐたつ

34℃代に下がったが、まだ妻のコロナは完全に下がったわけではない。
薬剤をよろよよろとして咽喉のざらつけばこれぞ生きているあかしなり
もう一錠づつしかない。これを越せば薬剤なくなる危機間近なり
二足歩行のしんどさよかくよろけ朝日のあたる木々にたよりゆく
ごみ捨て場へ段ボールすてにきふは行く段ボールは腕にあふれるごとし

夏生、コロナの影響少しづつ収まってきたようです。妻はまだまだです。
この空を夢のごとくに飛びゆけり何鳥かしらずただかしましく
どこまでも青き空ひろがる。みはるかす ああこの空のまばゆきばかり
くらがりを廊下をまがるその奥に戦争がたつ。まぎれようなく
戦争が廊下の奥に立ってゐた 渡部白泉

妻に熱がある。コロナかもしれない。妻が動けないと全てがうごかない。
息子も、妻も熱がある千葉から海老名へコロナが飛ぶか
老人のこころに潜む汚れしもの唾棄すべきなれどわがものなりき
存在の危ふきものかおしやべりも歩行もままならずわれはなにもの

少し暑さは緩い。が、暑いことにそう変わりはない。
曇り空に暑き空気の来たりけり灰色の雲がわれを圧する
木の影を日の斑のごとくしたがへて急ぎ足に赴く青空のもとへ
『むずかしい天皇制』が気にかかる。
天皇制の神聖性を虚構せし日本近代滅びざりけり
