朝まだ暗いうちからからすがうるさい。秋山佐和子さんから『岡野弘彦全歌集』の解説を書き終えたとい嬉しい電話があった。出版が楽しみである。未刊歌篇が膨大であり、どんな全歌集になるのだろうか。経済面が難題だそうだ。
何に対きからすは威嚇のこゑに啼くまだ仄暗きあかときなれど
黒猫に黒揚羽蝶つきづきし銀杏若葉のあかるき樹下に

朝まだ暗いうちからからすがうるさい。秋山佐和子さんから『岡野弘彦全歌集』の解説を書き終えたとい嬉しい電話があった。出版が楽しみである。未刊歌篇が膨大であり、どんな全歌集になるのだろうか。経済面が難題だそうだ。
何に対きからすは威嚇のこゑに啼くまだ仄暗きあかときなれど
黒猫に黒揚羽蝶つきづきし銀杏若葉のあかるき樹下に

佐江衆一『野望の屍』読了。著者最後の作品、没後の出版である。ヒトラーと石原莞爾を軸に二十世紀前半の戦争の時代を描く史伝である。私が言うのも何だが、戦争の時代を知らない若い世代の人に読んでもらいたい。しかし思えば、世界の秩序、平和を武力によって維持しようとすることは今も変わっていない。佐江衆一の怒りがこの最後の遺作を書かせたのではあるまいか。人類とは過去に学ばないものなのか。なんと阿呆な種族なのだろう。
早晩に地球滅びむ花みづき
戦争はほんたうに終わつたのか。佐江衆一『野望の屍』怒りもて読む
春のみどりに心躍れどいつまでも戦火治まらぬ地球よあはれ
今日は横須賀短歌会の日であった。横須賀港に日米ともに戦艦の姿は少ない。さてどこへ。不穏である。短歌会の皆さんの作品はよかった。ひさびさの対面での歌会。楽しい日であった。

ベニカナメモチの赤い葉の垣があちらこちらにあって目を引くのだが私は好まない。その隣にドウダンツツジの白い壺花を咲かす家垣があってほっとする。
紅要黐まつ赤な垣に囲はれてここはどこああ狂ひさうになる
満天星の垣がつづけば少しづつ心平生にもどりつつある

1912(明治45)年のこの日、石川啄木は26歳の若さで死んだ。26歳ですよ。俺は64だ。
啄木の死にたる日とて立ち上がる
今日は朝から雨がふったりやんだりしながら風がふきはじめひどい雨になってきた。
さねさし曇天朝から春の雨がふるみづきの花を雨打ちやまず

天気はいいが、うすら寒い。
染井吉野の最後の花の散りかかり花びら浴びて愉悦の時なり
木の芽どきは狂ひやすきか夕ぐれは漂泊を誘ふ心しきりなり

くすのきもことしの若葉に変若反りいのち明るむ一樹立ちたり
ひさびさに『大和 長谷寺』を開きそのモノクロ写真を眺めた。本尊十一面観音の巨大な足が心に残る。「往昔平安の女性たちは、この妖しいまでに雄渾な力量感に、つよい魅力と神秘の恍惚境も感じたのでなからうか。」
この頃は保田與重郎をよく憶ふ與重郎が書きし大和に行きたし
長谷寺の参道の店ににうめんと草餅を食ひし師走ありにき

朝方は曇っていたが、やがて青空がひろがるものの、今日も寒い。散歩にはコートを羽織る。
さねさしの空は曇天中庭の苔もどんよりわれもしんみり
れんげ田のはるかの山の尾根のうへ富士ケ嶺みゆる白雲貫きて
れんげ田にひかり満てりけり紋白蝶三頭戯る春の楽園
蝶は、なんで頭と数えるのだろう。
