8月19日(水)

今日も晴れ。

ひっくり返った姿に触れば反転し生きていることを蟬は主張す

とはいへどもう蟬鳴も無く裏返りわずかに手足動かしてゐる

ベランダのはしっこまでを遅々として歩いて最期の蟬の力

    *

『孟子』尽心章句下226 孟子曰く、「人有り曰く、『我善くを為し、我善く戦ひを為す』と。なり。国君仁を好めば、天下敵する無し。南面して征すれば、怨み、東面して征すれば、怨む。曰く、『れぞ我をにする』と。武王の殷を伐つや、三百両、三千人。王曰く、『畏るること無かれ、をんずるなり。を敵とするに非ざるなり』と。崩るるがくす。のる、正なり。己を正しくせんと欲せば、んぞ戦ひを用ひん」

恐れることはないおまへたちを安んずるのだといふや民平伏す

     *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

草のいほにねざめてきけばあしびきの岩根におつる滝つせの音

【評言】山中の夜半に滝の音を聴くというような歌は古来いくつもあるが、この歌は「草のいほにねざめてきけば」という上句が作者自身の生活に即した表現である為めに、一首全体が切実にひびくのである。総じて良寛の歌は悉く彼自身の生活に即した実感から流れ出ている点に古来の多くの名手の中にまじって異彩を放っている所以が存するのである。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA