7月15日(水)

曇りだか、晴れているのだか。晴れるはずだが……

普段の圏央道は糞詰まり状態ならむ遅々と進まず

でっかい輸送トラックが渋滞になれば大きな荷台ばかり

輸送トラックに挟まれて乗用車もある渋滞の列

『孟子』尽心章句上192 孟子曰く、「舜の深山のにるや、木石と居り、と遊ぶ。其の、深山の野人に異なる所以の者は、どなり。其の、一善言を聞き、一善行を見るに及びては、江河を決して沛然たるがく、之を能くむる莫きなり」

舜のすぐれたところは善言・善行を聞き見ることで進みゆくなり

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

みちのべにすみれつみつゝ鉢の子を忘れてぞ来しその鉢の子を

みちのべにすみれつみつゝ鉢の子をわが忘るれどとる人はなし

【語義】「鉢の子」は托鉢に出る時に手に持っていく鉢で、鉄鉢、瓦鉢、木鉢等があるが、良寛は木製のものであったらしい。

【評言】無一物の生活を送っている托鉢僧にとりては、施物を受取る為の唯一の器であるところの鉢の子は最も大切な宝である。しかも彼はその生活上欠くべからざる器をすらも菫の花の美しさに心ひかされたあまりに路傍の草原に置き忘れて来た。前の歌の「その鉢の子を」と繰り返しているあたりにはいかにもよくそれに対する愛着の心が現れている。しかも後の歌の「とる人はなし」に至ってそれに対する一味のさびしみさえも含まれている。なおこの二首においても前に掲げた「飯乞ふと……」の歌におけると同じく聊かも気取りや見せびらかしのないのがうれしい。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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