なんだか雨、雨、雨。
横光利一『旅愁』上読了。船でヨーロッパ、特にパリに行く一行の矢代と久慈、それに宇佐美千鶴子らの葛藤と感情を描いて、執拗なほどだが、著者の筆力だらうなんとか読めた。まだ下があるから、終わったらまた。
報道は世界全土の災害と戦乱を映すかくのごときか
戦争に反対をするデモ隊にわが知り人も叫び拳あぐ
トランプももう力無し日ごと夜ごと意味なきことをのたまふのみに
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『孟子』尽心章句下259-3 万章曰く、「一郷皆原人と称す。往く所として原人らざる無し。孔子以て徳の賊と為すは、何ぞや」と。曰く、「之を非とせんに挙ぐべき無く、之をらんにるべき無し。に同じくし、にす。之にること忠信に似、之を行ふことに似たり。衆皆之を悦び、自ら以てとすも、もに堯舜の道に入る可からず。故に徳の賊と曰ふなり。孔子曰く、『似て非なる者を悪む。を悪むは、其の苗を乱るを恐るればなり。を悪むは、其の義を乱るを恐るればなり。利口を悪むは、其の信を乱るを恐るればなり。を悪むは、其の楽を乱るを恐るればなり。を悪むは、其の朱を乱るを恐るればなり。を悪むは、其の徳を乱るを恐るればなり』と。君子はに反るのみ。経正しければ、則ち庶民興る。庶民興れば、に無し」と。
似て非なるものを憎み天下の大道さへ興れば邪悪はなくなる
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相馬御風編注『良寛和尚歌集』
あすよりの後のよすがはいざ知らず今日のひと日はゑひにけらしの (弟由之に)
【語義】「よすが」は「寄処」で「たより」「よるべ」の意。〇「いざ知らず」は「まあわからない」「どうでもあれ」というほどの意。
【大意】明日からのよるべはどうでもあれ今日一日は酔っちまったというものさ。
【評言】これもおそらく晩年に近い作であろう。久々で実弟山本由之と遇ったうれしさに二人で酒を飲み合った折の歌である。由之は良寛の次弟で、十八歳で良寛が出家した後を承けて家督を相続したのであったが、この人も五十の年に家職を長男泰樹に譲り、自分は専ら風月を友として諸国を遊歴すること多年、晩年剃髪して庵室を越後与板に結び天命五年正月十三日七十三歳で歿した。国学に長じ、和歌書画も能くした。この歌は良寛の他の一面をいかにも気持よく現わしている。「山かげの岩間をつたふ苔水」のように幽寂清澄な境地に高く住んでいた良寛が、時にこうしたうかれ心になったことを思うと、一層その人がなつかしくなる。良寛は酒はあまり大量ではなかったが、好きなことは大に好きであったという。この他にも酒の歌が少なからずある。更に二、三を挙げて見よう。
さす竹の君がすゝむるうま酒にわれゑひにけりそのうま酒に
さす竹の君がすゝむるうまざけをさらにやのまむそのたち酒を
これは定珍と唱和した折のである。「たち酒」は前にも説明した如く客の帰り際に出して飲ます酒である。
よしあしのなにはの事はさもあらばあれともにつくさむ一つきの酒
うま酒にさかなもてこよいつも〳〵草のいほりに宿はかさまし
これも定珍との唱和で、定珍が酒と肴を携えて良寛の庵をたずねた折に詠んだものである。「よしあしのなにはの事」の「なにはの事」は「難波の事」ではなく「何はの事」即ち「何のかのという事」というほどの意であろう。「一つき」は「一坏」で「一杯」というに同じ。「善いとか悪いとか何とかかんとかいう様なむつかし事はどうでもいい、まあ一緒に一杯やろうよ」というようなのが一首の意味であろう。後の歌は定珍が「うま酒にさかなしあらばあすもまた君がいほりにたづねてぞ来む」と歌ったのに和したのである。いずれもいい気持の歌である。しかもその間少しも気取りのないのはうれしい。こうした歌はとかくわざとらしく磊落ぶりがちなものであるが、良寛はどこまでも無邪気に歌っている厭味がない。