9月8日(火)

雨、曇り、晴れ……このまま雨が降らないといい。

國分巧一朗『天皇への敗北』了。知的な興奮があった。樋口陽一の発言「民主主義とは、民衆が権力を作る政治体制のこと。立憲主義とは、いかなる権力も制限される原理のこと」などいろいろ刺激を受けることがあった。

格別に夏の暑き日。まだ早く上野の山には喫茶店少なし

犬をつれた淑女がつどふ外の席、犬も淑女もミストに濡れて

上野公園のスターバックスにカフェ・ラテを喫する椅子に冷風届く

    *

『孟子』尽心章句下246 孟子曰く、「口のはひに於けるや、目の色に於けるや、耳の声に於けるや、鼻のに於けるや、のに於けるや、なり。命有り、君子は性と謂はざるなり。のに於けるや、のに於けるや、のに於けるや、のに於けるや、聖人の天道に於けるや、なり。性有り、君子は命と謂はざるなり」

君子は命なりとあきらめずひたすら努力するのみなり

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

子どものみまかりたる親の心にかはりて

梓弓春を春ともおもほえず過ぎにし子らが事をおもへば

の春をりて見せつる梅の花今は手向けとなりにけるかも

人の子の遊ぶを見ればながるゝ涙とヾめかねつも

から衣たちてもゐてもぞなきあまのかるもの思ひみだれて

【語義】「梓弓」は「春」の枕詞。〇「おもほえず」は「おぼえず」、「気がしない」。〇「過ぎにし」は「ゆきにし」「うせにし」。〇「手向け」は神仏の前に供物すること。〇「行潦」は俄雨などで地面に水が溜まって池ののようになるをいい、「流れ」の枕詞。〇「かねつも」の「も」は感嘆詞。〇「から衣」は「たちて」の枕詞。「術ぞなき」は「何ともしようがない」。〇「あまのかるも」は「海士の苅藻」で「乱れて」の枕詞。

【評言】四首とも哀傷歌である。ここと云って取り立てていうほどのすぐれた点はないが屈託なしに歌ってしかも真情のよく現れているなつかしい歌である。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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