4月15日(水)

まあ曇っている。やがて雨らしい。

  つげ義春さんが亡くなったという。三月三日だったらしい。享年八十八。

  「ねじ式」に衝撃受けて「無能の人」に深くうなづくわれならむかな

  「紅い花」を好むといふかつげ義春わたしもキクチサヨコに恋す

『孟子』万章章句133-4 大国は、地 方百里。君は(けい)の禄を十にし、卿の禄は大夫を四にし、大夫は上士に倍し、上士は中士に倍し、中士は下士に倍し、下士は庶人の官に在る者と禄を同じくす。禄は以て其の耕に代ふるに足るなり。

  公、侯の大国ではその土地方百里。君、卿、大夫、上・中・下士・庶人それぞれなりき

     *

『梁塵秘抄』植木朝子編訳

美女(びんぢよう)うち見れば 一本(ひともと)(かづら)にもなりなばやとぞ思ふ (もと)より(すゑ)まで(よ)らればや切るとも刻むとも 離れがたきはわが宿世(すくせ)  (四句神歌・雑・三四二)

【現代語訳】美女を見ると、一本の蔦葛にもなりたいと思うよ。根元から蔓の先まですっかり縒り合されたいことだ。たとえこの身が切られても刻まれても、美女から離れがたいのは私の宿命というものよ。

【評】赤裸々な愛欲の心を歌った一首。木とそれにからみつく蔦草は、しばしば男女の抱擁の譬えに用いられた。古くは、『日本書紀』歌謡(継体天皇七年)に、

妹が手を 我にまかしめ 我が手をば 妹にまかしめ まさき(づら) 手抱(ただ)(あざ)はり…
(愛しい妻の手を私に巻きつかせ、私の手を妻に巻きつかせ、まさきの葛のように抱き合ってからみつき…)

という一節があり、蔓性植物の「まさき葛」が「手抱き交はり」(抱き合ってからみつく)の枕詞として使われている。

今様にも関心の深かった源俊頼(一〇五五?~一一二九?)和歌には、

契ありて這ひかかるとも見ゆるかな蔦や梢の妹背なるらむ (『永久百首』蔦)
(約束があってまつわりついていると見えることだ、蔦は梢と夫婦なのであろう)

とあり、また、時代は下がるが、能「定家」では、藤原定家の執心が蔦草となって式子内親王の墓にからみつき、お互いが邪淫の妄執に苦しんでいるとされる。

当該今様は、燃え盛る愛欲の炎を、能「定家」のように深い罪業として捉えるのではなく宿命として受け止め、むしろ明るく軽妙に歌い上げている。後世の有名な民謡「松になりたや有馬の松に 藤に巻かれて寝とござる」に繋がるような趣を持っていよう。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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