今日も晴かよ。暑い。
恩田陸『夜果つるところ』を詠み終える。墜月荘という不思議な館をめぐるミステリ。女だか男だかわからない主人公。天帝の子どもだといわれる主人公。しかもこの小説は「飯合梓」という著者が書いたものになっている。作中作なのだ。『鈍色幻視行』という上下二冊の本編がある。それを読んで、斯の静謐で耽美な世界をまた考えてみよう。
朝から強きひかりに照らされて欅大樹の木の葉かがやく
昼顔の花のピンクの色目立つみどりの垣を通りゆくとき
雑草の強さか。丈低きみどりなれど、踏みつけられてもまた立ちあがる
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『孟子』尽心章句上215 の、喪を短くせんと欲す。公孫丑曰く、「の喪を為すは、猶ほ已むにれるか」と。孟子曰く、「是れ猶ほ其の兄のをらすものらんに、之に謂ひて、くにせよと云ふがごとし。亦之にを教へんのみ」と。王子に其の母死する者有り。其の之が為にの喪を請ふ。公孫丑曰く、「のき者は如何ぞや」と。曰く、「是れ之を終へんと欲するも、得可からざるなり。一日を加ふと雖も、已むにれり。の之を禁ずる莫くして、為さざる者を謂ふなり」と。
斉の妾腹の王子の中に生母を喪ふものありき数カ月の喪ゆるさるべきなり
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相馬御風編注『良寛和尚歌集』
月よみの光をまちてかへりませ山路は栗のいがのおほきに
【語義】「月よみ」は「月」というに同じ。〇「かへりませ」は「かえりたまへ」。〇「いが」は棘の密生した栗の外皮の称。〇「おほきに」は「おおきゆえに」。
【大意】これは良寛の庵のあった国上山の麓の渡部という村に住んでいた良寛の詞友阿部定珍が一日良寛の庵を訪ねて帰ろうとするのを引き留て良寛の詠んだ歌で、もう日が暮れかかったではありあせんか、同じことなら月が出てからお帰りになった方がいいでしょう、山の道は栗のいがが沢山落ちていてあぶないからというほどの心。
【評言】たまらなく温かい情愛のこもった歌である。すらすらと歌っているが、到底凡手の及びがたいところである。「栗のいがのおほきに」という実感から迸り出た句で一首が引きしめられている。相手に対するやさしい思いやりと共に、やるせない人なつかしさの情が漲っている。数多い良寛の歌の中でもこの一首の如きはその最も代表的な秀作として推奨するに躊躇しない。情を叙べていながら環境までがくっきりとえがき出されているのではないか。なお良寛にはこれと同時に出来た歌に左の一首がある。
月よみの光をまちてかへりませ君が家路は遠からなくに
この二首は「一所にして味うべき性質の歌である」と斎藤茂吉氏の云ったのには私も賛成である。ところで私達が良寛にこうした秀歌の詠めたことを感嘆するにつけても、私達は良寛の歌における「万葉集」の善き感化の如何ばかりであったかを注意せずには居られぬのである。
月よみの光に来ませあしびきの山を隔てゝ遠からなくに
これは「万葉集」にある歌である。良寛のあの歌は「万葉集」中のこの一首が充分に彼の心に消化されていなかったら、とてもあのようには行かなかったであろう。しかし、これは決して模倣ではない。感化と模倣とは全然ちがう。良寛の歌に万葉の感化がいかに顕著であっても、良寛の歌はやはり良寛以外何人の歌でもない。