9月10日(木)

曇りにはじまり、少し雨。この後どうなるのだろう。

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丸谷才一『今は何時ですか?』、標題作を含め短編集。遺作になる「茶色い戦争ありました」も収められて丸谷らしい理知の効いた小説ばかりだが、田舎じみた抒情小説を愛するものとしては、作品に没入できなかった。いや、それこそ狙いなのかもしれない。

後宇多天皇晩年のに手形あり。朱の色をしてなまめかしきよ

香川・願興寺に収めらるる聖観音坐像よ。よき表情なり

醍醐寺の閻魔大王・錫杖の頭頂部位にふくよかなる顔

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『孟子』尽心章句下248 孟子曰く、「を逃るれば必ずに帰し、楊を逃るれば必ずに帰す。帰すればに之を受けんのみ。今の楊・墨とずる者は、を追ふが如し。既に其のに入れば、又従つて之をぐ」

墨・楊の学派、その後はわが儒なりそのまますなほに従へばよし

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相馬御風編注『良寛和尚歌集』

雪のふるを見て主人にかはりて

しらゆきは千重に降りしけわがかどにすぎにし子らが来るといはなくに

【語義】「千重に」は「幾重も幾重も深く」というほどの意。〇「降りしけ」は「降り敷けど」の略。〇「過ぎにし」は「逝きにし」。〇「いはなくに」の「なくに」は「ぬに」の意のそれでなくして、「まくに」と同義のそれである。こうした言い方は「万葉集」など沢山ある。例えば

草枕旅のやどりに誰が嬬か国忘れたる家待なくに(巻三)

をつくばのしげき木の間ゆ立鳥のめゆかなをみむさねざらなくに(巻十四)

おもはずもまことありえむやさぬる夜の夢にも妹が見えざらなくに(巻十五)

庭にふる雪は千重しくしかのみにおもひて君をあが待たなくに(巻十七)

の如きであっていずれも「なくに」は「まくに」と解すべきである。

【大意】白雪はどんなに深く一面に降り積もったとて家の門口に死んだ子どもたちが来るといおうものを。

【評言】この歌は前に引用した「万葉集」の「庭にふる雪は千重しく……」から多少の暗示を得ていることは明らかであるが、しかもそれは全く独立して胸にしみ入るような真情を歌っているのは驚嘆に値する。雪のふるのを見て一人ならずも愛児を失ったその家の主人の心を察して詠んだ歌として見ると、一層深く作者その人の感情の温かさとこまやかさとに動かされる。死んだと知りつつも折にふれ時によりて門口に今もわが子は帰って来はせぬかと果敢ない待たれ心になるのは、愛児を失った人の誰しも切に経験するところである。そうした親心のせつなさを世俗人の良寛がかくも適切に察しかつ抒べ得て居るとは、全く驚くべきことである。表現の技巧から云ってもこの歌はいかにもよく万葉の精神に到入して、しかもそれに囚えられず自己のものとして活かしている。亡き愛児の来はせぬかと待つ親心と、白雪のふりしきる景色とがよく調和して、そこに一種神秘の感をさえ漂わせているのもゆかしい。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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