10月8日(木)

晴。

わが嫌ふもっとも悪辣なものが権力なりただただにひどい力といふもの

戦争は権力争ひがもたらせる敵も味方もどちらも悪

善も悪もわれらが前に横たはるいたしかたなし騒動好きなり

    *

日夏耿之介『唐山感情集』

あそびさ

とばりに房飾り垂れて

あそびの家は春です、

万里橋のほとりにをむかへれば

九迷洞のくちでは新しく人を恋ふ

葉と葉と抱きむつみ合ふその。

夜合 妓女也

垂糸の帳、

妓女一家の春、

万里橋辺上客を遨う、

九迷洞口新人を恋う、

葉々抱いて相親しむ。

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

述懐のうた

いそのかみふるの古みちしかすがにみくさふみわけ行く人なしに

ますらをのふみけむ世々のふるみちは荒れにけるかもゆく人なしに

いにしへの人のふみけむふる道はあれにけるかもゆく人なしに

【語義】「いそのかみ」は「古」の枕詞。〇「ふるの」は「古えの」と同意。〇「しかすがに」は「さすがに」「そうはいうものの」。

【評言】この三首は類歌である。仏教界において、道義において、歌道において、詩道において――凡ての方面に古道の廃れゆくを嘆じて歌った歌である。そして三首とも純万葉調になっているのも、内容にふさわしい。良寛の心の底からは時こうした気概も湧き上がったのである。緊張した調子が三首を貫いている。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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