朝は涼しかったが、昼過ぎには31℃。町田の版画美術館へ妻と「長谷川潔1891-1980展」を観にいく。出品163点、年寄りにはハードであった。見るたびに思うのだが、「横顔」がよかった。そして「狐と葡萄」も。
どことなくエキゾチックな表情の中国服の女の横顔
指の先が黒き空間に溶けてゐる女もやがて闇に侵さる
葡萄の葉とぶだうの果のした一匹の狐が通るしっぽをふりて

朝は涼しかったが、昼過ぎには31℃。町田の版画美術館へ妻と「長谷川潔1891-1980展」を観にいく。出品163点、年寄りにはハードであった。見るたびに思うのだが、「横顔」がよかった。そして「狐と葡萄」も。
どことなくエキゾチックな表情の中国服の女の横顔
指の先が黒き空間に溶けてゐる女もやがて闇に侵さる
葡萄の葉とぶだうの果のした一匹の狐が通るしっぽをふりて

広島に原子爆弾が投下されて77年。世界の核保有数約1万2700発だという。
ヒロシマの日は広島の酒を飲み死者こそまじへ論議あるべし
夜を徹し老いも子もふくめ議論するそんな場があればすこしはましか
各々に思ひの丈を叫ぶべし誰にも腹にいちもつあらむ

少し涼しい。湿度もいつもほどではない。ようやくいつもの調子がもどりつつあるようだ。
けさ方はあらたなる蟬の穴あらず出尽くしたるか七つの穴に
うつせみのいくつも残る杉の木の根もと訪ぬる子らは少なし

朝はこの数日より少し温度が低いようだ。午前9時過ぎには雨。湿気が多い。
書かねばならぬ原稿一つもてあまし朝から録画のドラマを観てゐる
蟬のこゑけふはしづかに鳴き止みぬ豪雨の兆しいまはみえねど

今日は息子の誕生日。32歳。わたしが父を亡くした歳になる。あのとき父はまだ61だった。定年から1年、まだまだやりたいことがあり、夢もあった。
三日間、毎日二万歩の旅、しかも日々38℃の京都は66歳のわたしにはいささか苛酷でもあった。まあ、楽しかったから、それでよかったのだが、なかなか疲労感がとれない。ことにふくらはぎが張っている。
あけぼの杉の根もとに蟬穴がいくつも空いている。周囲のさつき躑躅の枝やあけぼの杉の葉に蟬の抜け殻がしがみついている。
須坂の義兄より荷が届く。
畑の木に大量の果実ソルダムを噛めば赤き実甘美なりけり
殻を割り青白き蝉の出でてくる姿態なまなましきをおもひみむとす

京都三日目朝、握り飯をもてなす店が宿の近くにあるというので行ってみたのだが、今日は閉店。しかたがないのでコンビニで握り飯を買う。昨日食べたかき氷はカップのものだったから、下鴨神社の茶店に。糺の森は、時代劇にも使われるロケーションでもあり、なかなかよかった。大木の森を渡る風はすこしだけだが猛暑を忘れさせた。抹茶にあんこの氷はふわふわさくさく食べでもあった。さらに予約しなくても入場できるようになった京都御所をひとめぐり歩いてきた。御所内はさえぎるものがなく太陽が直接あたって、困憊。昼は、またむすめがネットで探した地元定番の中華屋で堅焼きそば。量が多かったが旨い。漬物屋やその他で土産を誂え、16:33京都発のひかり658号に乗車、18:39小田原着。小田原の駅ビルでさしみを肴に生ビールで乾杯。むすめとの京都修学旅行終了です。
賀茂別雷命の怒りあるかこの晴れつづき日々猛暑なり
下鴨神社の茶店の緋色の毛氈に腰かけてやはらかき氷を崩す
大木の森に京都の鎮めの風かき氷食むわたしが感ず
京都御所をとぼとぼとゆく老いの軀を守るものなし紫宸殿前
容赦せぬ夏のひかりに灼けたるか腕黒くなるこの三日間
小田原の鰺の刺身を肴にしむすめと一杯かくも旨きか
むすめとの旅終へてすこし寂しくてまだ先へゆく窓に手をふる

京都二日目は、近くの昔風の純喫茶でモーニング。ある目的があって青蓮院へ。しかし残念ながら目的は達しえず、修繕中の堂舎を観覧してきた。知恩院を抜け高台寺道や石塀小路をめぐり八坂の塔へ。その後一度宿へもどる。昨日より暑い。38℃。シャワーを浴びて、昼飯のあとひと眠り。しゃれた雑貨屋さんや泥書房をめぐって夕食へ。昼はきわめて庶民的な大量のナポリタンとむすめはケチャップたっぷりのオムライス。夜はこれまた常連客ばかりの焼き鳥屋。昨日の欄には書きそびれたが、旅のはじめの夜の古びたフランス料理の店、そこの鱧と水ナスのサラダが美味かった。二人で白ワインを一本。
白ワイン一本あけて少し酔ふ父とむすめ修学旅行
クマゼミの鳴動うるさき千年のクスノキ今年も鳴動したり
青蓮院のくすの根もとにたたずみて開門を待つむすめと二人
回廊をよろよろ歩むわが視野に夏のみどりの石庭うつる
知恩院から八坂の塔にたどりゆく真つ青なる空に飛行機雲ゆく
三条大橋にぬかづく高山彦九郎奇矯のふるまひ愛すべきなり
老いの汗じめじめじわじわTシャツを湿らせ抹茶のかき氷喰ふ
