7月17日(金)

曇っているが、暑い。

『孟子』の後はどうしやうか『荘子』四冊買ふがまだ先

日夏耿之介の漢詩訳『唐山感情集』を写してみたし

良寛と漢詩の訳との取り合わせ夢に見てをり楽しくなるか

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『孟子』尽心章句上194 孟子曰く、「人の、有る者は、恒にに存す。独りのみ、其の、心をるや危ふく、其の、患を慮るや深し。故に達す」

徳行・知恵・技術・才知を得るものは疢疾であるゆゑ達すべし

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相馬御風編注『良寛和尚歌集』

草のいほに足さしのべて小山田の山田のかはづきくがたのしき

【語義】「草のいほ」は「草庵」で単に「庵」というに同じ。〇「さしのべて」は「さし出し伸べて」の意。俗に「ふんのべて」というほどの意である。〇「きくがたのしき」は「聞くことの楽しさよ」というほどの意。〇「小山田の山田」と重ねたのは山田という語の意味を強めたに過ぎない。「小山田」の「小」は意味のない発語。

【評言】結句の「きくがたのしさ」を「聞かくよろしも」と書いたのもあるが、私にはどうも「きくがたのしさ」の方が素樸の感じがあっていいように思われる。「足さしのべて」から「小山田の山田の」と続いた工合がいかにものびのびとした気持がよく現れている。単純な感情をそのまますなおに歌ってあるのだが、それでいて読む者の心をすっかりその境地へ引込んで行く。幾度も口誦さんでいるとたまらなく静かないい気持になる。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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