9月4日(金)

曇り、曇り。そして雨。

太陽は雲の中にておぼろなり位置は分かれどどこか頼りなし

太陽のひかりを目指し歩み来るされど太陽おぼろげなりき

水たまりに映らぬ太陽のおぼろけなりこのまま曇りか残念ならむ

    *

『孟子』尽心章句下242 孟子曰く、「賢者は其のを以て、人をして昭昭たらしむ。今は其のを以て、人をして昭昭たらしめんとす。

賢者の今昔。昔は自らの徳により人を明らかにす。今の為政者はただ暗愚なり

    *

相馬御風編注『良寛和尚歌集』

梓弓春になりなば草のいほをとくでゝきませ逢ひたきものを

【語義】「梓弓」は「春」の枕詞。

【評言】この一首は良寛が最後の病床にあって貞心尼に贈ったうたであるが、切なる情に堪えかねた心がさながら溢れ出ている。殊にその結句にはたまらなく引きつけられる。この結句についてはかつて斎藤茂吉氏が「「逢ひたきものを」という結句は古今独歩である。予は古歌を味うに際して常に結句に注意し、自ら作歌するに際しても一番結句に焦心している。而してこの歌の結句ほど利いている、換言すれば一首に響き渡る結句は稀有である事を発見している故に、この歌を誦する毎にこの結句を涙を流して恭敬するのである。難有くも何有き結句である」とまで讃嘆している。私もそれ以上つけ加える言葉がない。

偏屈房主人
もともと偏屈ではありましたが、年を取るにつれていっそう偏屈の度が増したようで、新聞をひらいては腹を立て、テレビニュースを観ては憮然とし、スマートフォンのネットニュースにあきれかえる。だからといって何をするでもなくひとりぶつぶつ言うだけなのですが、これではただの偏屈じじいではないか。このコロナ禍時代にすることはないかと考えていたところ、まあ高邁なことができるわけもない。私には短歌しかなかったことにいまさらながら気づき、日付をもった短歌を作ってはどうだろうかと思いつきました。しばらくは二週間に一度くらいのペースで公開していこうと思っています。お読みいただければ幸い。お笑いくださればまたいっそうの喜びです。 2021年きさらぎ吉日

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