澄明に晴れて、山の緑が美しい。
墓
春の山にときをり法・法華経と鳴く声のすれど仏を信ずることなどなし
父の墓にてつぺんから水をかけやれば石塔少しかがやきたるか
大山のいただきもさう遠からず春の山なる父の墓苑に
『孟子』告子章句上142 告子曰く、「性は猶ほ湍水のごときなり。諸を東方に決すれば、則ち東流し、諸を西方に決すれば、則ち西流す。人性の善不善を分つこと無きは、猶ほ水の東西を分つこと無きがごときなり」と。孟子曰く、「水は信に東西を分つこと無きも、上下を分つこと無からんや。人性の善なるは、猶ほ水の下きに就くがごときなり。人、善ならざること有る無く、水、下らざること有る無し。今夫れ水は、搏ちて之を躍らせば、顙を過ごさしむ可く、激して之を行れば、山に在らしむ可し。是に豈水の性ならんや。其の勢則ち然るなり。人にして不善を為さしむ可きは、其の性も亦猶ほ是のごとければなり」と。
人の本性とは水と同様、外界の勢力に激発されるなり
*
『梁塵秘抄』植木朝子編訳
風に靡くもの 松の梢の高き枝 竹の梢とか 海に帆かけて走る船 空には浮雲 野辺には花薄 (四句神歌・雑・三七三)
【現代語訳】風に靡くものは、松の梢の高い枝、竹の梢とか。海に帆をかけて走る船、空には浮雲。野辺には花薄。
【評】風に靡くもの尽くし。陸・空・海の風物を並べている。今様は物の動きに注意を寄せることが多いが、当該今様は風に靡くさまざまなものの躍動感ある動きに注意を払い、素材配置にも工夫をこらしている。
松と竹は、植物としての共通性を持ち、両者とも「梢」の語を伴う。竹は、常緑であること、節が多く連なっていることから不老長寿を想起させるめでたい植物とみなされ、「色変へぬ松と竹との末の世をいづれ久しと君のみぞ見む(『拾遺和歌集』賀・斎宮内侍)」(常緑で色を変えない松と竹との行く末の世を、どちらが久しいか、わが君だけだ生き長らえて見ることができるだろう)のように、松とともに賀歌に詠まれることが多い。いずれも風に靡き、さわやかな、時にはものさびしい音をたてるものである。
海上に浮かぶ船と空に浮かぶ浮雲は、広大な場所に頼りなく存在しているという点で共通し、孤独やはかなさを感じさせるものでもある。『枕草子』の「ただ過ぎに過ぐるもの」の章段に「帆かけたる船」とあり、船のスピードに焦点が当てられている一方、「たのもしげなきもの」の章段に「風早きに帆かけたる船」とあって、その不安定さ、はかなさにも注意が向けられている。「浮雲」は浮いている状態から定めないものの譬えとされ、はかない自分の身によそえて和歌に詠まれることも多い。小野小町の長歌に「ひさかたの空にたなびく浮雲の うけるわが身は……」(『小町集』)とある。
最後に視点が身近な野辺に戻り、「花薄」が取り上げられる。「花薄」は穂の出た薄。平安時代前期から中期の和歌において、薄の穂が風に揺れるさまを人を招き寄せるしぐさに見立てることが広く一般化する。たとえば、『拾遺和歌集』に「女郎花多かる野辺に花薄いづれをさして招くなるらん(秋・よみ人知らず)」(女郎花が多く咲いている野辺で、花薄はいったいどの花をさして招いているのだろう)とあり、女郎花を女に、花薄を男によそえている。「靡く」の語を伴うとより一層恋の情緒が高められ、たとえば、『新古今和歌集』には、「野辺ごとに訪れわたる秋風をあだにも靡く花薄かな(秋・八条院六条)」(どの野辺にも訪れる秋風であるのに、なまめかしく靡く花薄よ)とあって、秋風を男に、花薄を女に譬えている。「船」と「浮雲」で描き出された孤独感が、最後のあだっぽい「花薄」で打ち消されていくような変化に富んだ構成になっているのである。 すなわち、一首全体は、素材の置かれた場所としては、地上(視点は相対的に高い)→海上→空→地上(視点は相対的に低い)と動き、素材の種類としては植物―人工物―天象―植物で組み立てられ、素材が内包する気分としては賀―無常―恋と構成されていると言えよう。